チベット動乱とその後(3月10日からの動きダイジェスト)
《西 藏 之 頁》 (2008年 3月10日から随時更新)より
3月10日(チベット民族蜂起49周年記念日):
ラサのデプン寺僧侶500名による平和的な抗議が軍・警官により殴打、催涙弾で散らされ、僧侶50〜60名が逮捕される。デプン寺は現在なお包囲されたまま給水ストップ、周辺宿泊施設は閉じられ、僧侶の生活は困難に。
ジョカン前でセラ寺の僧侶14名がチベット国旗を掲げて抗議、警官に殴打され逮捕。暴力を止めに入ったチベット人3名も逮捕される。
アムドのバイェンカル(化隆)県ではドツァン・ゴンパ僧侶による平和的なデモが当局に阻止されるが、60数名の僧侶がダライ・ラマの画像を掲げ“チベット独立”を叫んで香草を炊く儀式が行われる。参加者400名以上。
アムド(甘粛省甘南州)サンチュ(夏河)県では“チベット独立”と書かれた多数のポスターが貼られる。
アムド(青海省海南チベット族自治州)マンラ(貴南)県ではルツァン・ゴンパの僧侶137名と民衆215名による平和的デモが行われるが、当局に追い散らされる。
カム(四川省甘孜チベット族自治州)カンゼ(甘孜)で、“チベット独立”と書かれたポスターが貼られ、抗議事件が起こる。
3月11日:
ラサのセラ寺僧侶600名による平和的抗議が軍・警官により殴打、催涙弾で散らされ、逮捕者も出る。デプン寺同様いまなお包囲され給水ストップ、周囲の宿泊施設も閉まったまま。多くの周辺住民が寺に押しかけ、武装警官に僧侶を虐待しないよう懇願。
カム(四川省甘孜州)ダッパ(稲城)県で発生した抗議デモで、少なくとも3名が射殺され、10名負傷、170名が拘禁された。
3月12日:
デプン寺の僧侶2名が腕を切り、セラ寺の僧侶は絶食で抗議。
ラサの多くの機関が10日、11日の事件について緊急報告会を開き、各機関の責任者は所轄の幹部職員や下部組織に事件概要を通達、事件との関わり、やたらな噂話や勘ぐりを強く禁じた。一部にはすでに事件の拡大化を懸念する言葉も聞かれる。
3月13日:
ラサのガンデン寺僧侶数百名、チュプサン・ゴンパの尼僧と一般人150名以上が平和的抗議にラサ市内へ向かおうとしたが、いまなお当局に包囲され、ラサ三大寺デプン、セラ、ガンデンは閉鎖。
3月14日(抗議から暴動へ、大規模な武力鎮圧):
ラモチェ(小昭寺)の僧侶百名近くが、連日のデプン、セラ寺に対する当局の鎮圧に抗議デモを行うが、当局警官隊の阻止と殴打に遭う。これが引き金となり民衆の怒りを誘発し数万人規模の抗議行動に発展、過激な事件の発生で大量の軍隊が市内に入り鎮圧にかかる。市内は軍用者、装甲車であふれ、催涙弾の使用や発砲あり、ラサ旧市街一帯など局部的に封鎖され殺戮と逮捕が行われる。その晩は夜間外出禁止令が出された。1989年以来最大規模となったチベット人による抗議行動で、当局側は死者10名と発表、チベット亡命政府が得た情報によれば、殺害されたチベット人は100名に達するという。信頼できる情報によれば、ラサ公安部門情報として、当局は14日から発砲禁止令を取り消し、軍・警察に抗議者への随時発砲を許可。
甘粛省甘南チベット族自治州夏河県のラプラン寺では年一回の法会を繰り上げて行い、午後2時、400名近い僧侶と一般民衆がチベット国旗を掲げ人民通りを“チベット独立”、“ダライ・ラマ万歳”と叫びながら、政府庁舎前をデモ行進し、夕方、当局が武力介入して追い散らされるまで続いた。
カムのナクチュ(那曲)珠日旺丹(ヂュリワンデン)ゴンパで僧侶が抗議、当局に包囲される。
3月15日(アムド、カムへ波及):
ラサは当局の正規軍統制下に入り、関係者の一斉検挙が開始される。信頼できる情報によると、逮捕者は少なくとも600人。全域が戒厳体制に入り、夜間外出禁止が続く。当局は抗議デモ参加者に対し、政府のホームページに3月17日0時までに“自首”するよう“公告”を出した。
ラサ周辺のタクツェ、チュシュル、ルンドゥプ、メドグンカルなどの県で抗議デモが発生。
ラプラン寺のあるアムド(甘粛省甘南チベット族自治州)夏河(サンチュ)県では、僧侶、一般民衆、老若男女が街頭で大規模な抗議デモを行い、現地の公安や武装警官と激しく衝突。その後、蘭州軍区から大型射撃砲を装備した軍用車40数台、装甲車20数台を投入、抗議デモを行っていた無防備の老若男女に向けて発砲し多数の死傷者を出し、20人近く逮捕した。
その晩、甘南チベット族自治州州府ツォェ(合作)の主要寺院と僧侶、一般民衆は、軍と警察に包囲され、市の東一路一帯の民衆による抗議デモも当局の威嚇で追い散らされた。民族師範専門学校の学生は平和的な抗議を行い学内の党委員会と衝突。
アムド(甘南チベット族自治州)ルチュ県のタクツァン・ラモでも大規模なデモ行進が行われたが、当局に追い散らされ包囲されている。
カム(四川省甘孜チベット族自治州)タウ県では、数百名の僧侶、一般民衆がデモ行進を行いビラ播きをしたが、当局に追い散らされた。
カム(四川省甘孜チベット族自治州)のカンゼ県、リタン県などで抗議行動があり、チベット人2名が逮捕される。
ラサのルンドゥプ(林周)県ペンポガンデン・ゴンパの僧侶50名に付近の住民が加わり抗議行動を起こすが、軍により鎮圧。
3月16日(アバ県の惨事、学生による静かな抗議):
ラサ市内一部地区ではなお抗議行動が発生し、軍による鎮圧と少なくとも300名が逮捕される。市内主要道路では40数名のチベット人逮捕者が軍用車に乗せられ見せしめにされた。
タクツェ県では30〜40人が逮捕され、メドグンカルでは僧侶が抗議デモを行ったが、鎮圧され一部は逮捕、一部は他の土地へ身を隠した。
ロカ(山南)のサムイェ寺一帯、ナクチュ(那曲)村でも抗議デモが行われた。
パンチェン・ラマの寺タシルンポ寺、及び、シガツェ地区一帯でも抗議行動が行われた。
アムド(四川省アバ・チベット族自治州)アバ県では午前、1万人に上る僧侶と一般民衆が抗議デモを行って鎮圧に遭い30人以上が射殺された。犠牲者には妊婦、5歳の子ども、中学2年の女学生もいた。県中心部は千人規模の軍隊と約70台の軍用車、30台のバンで包囲されている。
メワ(紅原)県では軍人数百名が増員され進駐。
アバ州のキルティ・ゴンパ(タクツァン・ラモ)抗議事件で当局の発砲による死者3名、負傷者多数出たが、現地の病院は受け入れ拒否している。
アムド(青海省海南チベット族自治州)チャプチャ(共和)県で午後、僧侶と一般民衆が抗議デモを行い、当局に追い散らされる。
同じくレゴン(同仁)県のロンウォ・ゴンパでも300名を越す僧侶と一般民衆の抗議行動が行われ、武装警官数千名に包囲されており、十数台の軍用者と装甲車が街中をパトロールしている。
青海省果洛(ゴロク)チベット族自治州マチェン県のラプギャ・ゴンパで平和的なデモ行進が行われる。
カム(四川省甘孜チベット族自治州)ダンゴ(炉霍)県で午後、各寺院が抗議デモの準備をしているところに幹部が派遣され説得と威嚇を行い、千人規模の軍隊が派遣される。
アムド(甘粛省甘南チベット族自治州)マチュ県で大規模な抗議行動が発生。県のチベット小学校と中学校の生徒、現地寺院の僧侶に率いられた千人規模の民衆が街頭でチベット族以外の店舗や政府機関の建物を壊し車に放火。当局に射殺されたデモ参加者12名、逮捕者80名、負傷者200名以上。当局は翌日夕刻から24時間監視の戒厳体制に入った。
アムド(甘南チベット族自治州)クツェ(科才)の僧侶と一般民衆千人が宗教活動に続いて抗議行動を行った。
その晩、蘭州の西北民族大学チベット語科のチベット人学生500余名がグラウンドに座り込み、キャンパスの掲示板にラサの状況など紹介したビラを貼り、ラサなどチベット各地で苦難に遭っている同胞と連帯する願いを表した。
成都の西南民族大学ではチベット人学生の行動に警戒し、警官による監視パトロールを行っている。(有名な観光地になっている三国志ゆかりの)武侯祠やチベット人居住区では警戒監視を強めている。
その他、甘南チベット族自治州ツォェ(合作)の師範専門学校、青海師範専門学校及び、四川省甘孜州やアバ州のチベット人学校でも抗議行動が行われている。
3月17日(ラサで一斉検挙開始):
ラサでは軍隊に包囲された区域で一軒毎に家宅捜索する大規模な一斉検挙が始まり、各通りの入り口では軍人による身分証チェックなどの検問が行われる。
トゥ−ルンデチェン県デチェン村のディンゴ・ゴンパでは僧侶12名が抗議デモ中に逮捕された。
ダムシュン県ではカンマ・ゴンパの僧侶8名が逮捕。
アムド(四川省アバ・チベット族自治州)アバ県マミ・ゴンパの尼僧たちがダライ・ラマの写真を手に“平和”と叫びながらデモ行進を行う。
メワ(紅原)県では抗議行動が発生。学校を出てデモを行おうとした中学生たちが警官や教師に阻まれ、リーダー格の生徒が逮捕される。
アムド(青海省海南チベット族自治州)チャプチャ(共和)県の寺院で抗議行動が行われ、(青海省黄南チベット族自治州)レゴン(同仁)のロンウォ・ゴンパでは僧侶全員が寺の西山口で香草を焚きダライ・ラマを讃える詞を唱えていたところを駆けつけた軍と警官により追い払われるが、香草を炊き終え厳戒下にある市内へデモ行進に向かおうとした。民衆に涙で押し留められた彼らは、同時のリンポチェを通して現地政府に、「軍と警察は寺の周囲をパトロールしない、寺院内部に設置したカメラを撤去する、香草を焚くなど仏事を不当に禁じない」といった要求を提出し、政府もこれに同意した。一方、現地の役人は工作隊を組織し、チベット人に抗議デモに参加しないとの保証書にサインするよう強要。18日には西寧から特別警察隊が現地に派遣された。
アムド(甘南州)のツォェ(合作)でチベット人学生のデモが行われ、現地の四つの郷のチベット人も抗議デモを行う。ツォェの師範専門学校と現地中学のチベット人学生もデモを行おうとするが学校側に止められる。
アムド(甘南チベット族自治州)ルチュ県の500名近い僧侶と一般民衆が平和的な抗議デモを行う。
同じくマチュ県でも中学、小学校の生徒が平和的な抗議デモを行い、当局と衝突。デモ参加者は“ダライ・ラマ万歳!”、“チベット独立自由!”と叫び、大勢のチベット人がデモの隊列に加わる。三時間後、軍隊が県内に入り、その晩は銃声止まず、電話線も切断された。
アムド(青海省海南チベット族自治州)マンラ(貴南)県のタシュ(塔秀)・ゴンパ僧侶と民衆が平和的なデモ行進を行い、県中心部へ向かう途中警官に阻まれ寺に戻る。
アムド(青海省果洛チベット族自治州)チクディル(久治)県のダロン(大龍)・ゴンパで参加者約千名の平和的な抗議デモがあり、中国国旗を降ろしてチベット国旗を掲げた。ロンガ(隆蓋)・ゴンパの僧侶200余名が平和的な抗議デモを行う。同寺の僧侶は最初にラサのパルコルで平和的なデモを行い逮捕されている。
また同地では牧民数百名による抗議行動があり、商店、警察車輌が被害を受けるが僧侶の説得で収まる。当局は連夜、軍や警官を駐留させ夜間外出を禁じている。
同じく門塘(メンタン)郷では300人近くが平和的デモ行進を行いチベット国旗を掲げる。
アムド(甘南チベット族自治州)クツェ(科才)の僧侶と民衆千人が宗教行事の後、抗議行動へ。
アムド(甘南チベット族自治州)チョネ(卓尼)県ではチベット族中学校の生徒が商店やホテルのガラスを割り当局に追い散らされ、その後40数台の武装警察車輌が防衛に増強、州府への交通が封鎖される。
アムド(甘南チベット族自治州)テウォ(迭部)県でも抗議暴動が発生。
カム(四川省甘孜チベット族自治州)セルタ(色達)県で抗議デモ。
北京の中央民族大学では100余名のチベット人学生がローソクを点してキャンパス内で19時から23時半まで静かに坐りこみ抗議を行った。当局との衝突はなかったが、公安では首謀者を捜査している。
成都にある西南民族大学でもチベット人学生がキャンパス内で坐りこみを行った。
3月18日:
ラサでは相変わらず主な通りの入り口に軍人が立ち身分証をチェックしている。雪新村だけでも午後4時からの30分間で3人が連行された。
アムド、青海師範大学民族師範学院で午前10時半、200名近いチベット族学生が“哀悼”をスローガンにグラウンドで午後2時半まで座り込みを続ける、
アムド(青海省果洛チベット族自治州)ダタン(大塘)・ゴンパで平和的な抗議デモが始まり、学生、一般民衆が加わり数千人になるが、非暴力の平和デモを貫く。
同じくゴロク(果洛)地区で一般民衆が大規模な抗議行動を起こし、軍と警察により制圧される。射殺された者も出たが死傷者の数は不明。
アムド(甘粛省甘南チベット族自治州)ツォェ(合作)市に155台の軍用トラック到着。市内の師範専門学校、チベット小・中学校など休校し、全校生徒を家に返す。
同じくマチュ県の各学校では、生徒を学内に閉じ込め、チベット人幹部に治安維持にあたるよう強制通告が出される。
アムド(甘南チベット族自治州)、プラ(布拉)・ゴンパの僧侶と民衆が抗議行動を行い、学校や郷政府前にチベット国旗が掲げられ、ダライ・ラマの早期チベット帰還を認めるよう呼びかける。午後まで逮捕者なし。プラ(布拉)・ゴンパは当局により封鎖される。
アムド(青海省黄南チベット族自治州)チェンツァ(尖扎)県で唯一のチベット中学である民族中学で、教室中に“チベットに自由を”、“ダライ・ラマ万歳”といったメモが貼られ、中国国旗が外されチベットの雪山獅子旗が掲げられた。県中心部は軍や警官が配置され、僧侶は寺を離れられない状態。
同じくレゴン(同仁)のロンウォ・ゴンパでは、当局の鎮圧で僧侶に負傷者が出たことが伝えられている。
カム(四川省甘孜チベット族自治州)リタン県では午後4時半頃、300名以上のチベット人が抗議デモを行い、逮捕者が出ている。
同じくカンゼ(甘孜)県では1万人規模のデモがあり、少なくともリーダー格の人物が射殺され9人が撃たれたが、生死はわからない。ダンゴ(炉霍)県から農牧民数千人もこのデモに参加し、3名が射殺された。同県の一部地域では関連する大量のビラが撒かれた。同じく同県内で起こった500人以上の抗議行動で負傷者10名、女性1名死亡との報告あり。
カム(四川省甘孜チベット族自治州)セルタ(色達)県の僧侶と民衆数千人が抗議デモを行い、当局に追い散らされる。
午後3時半、カンゼ(甘孜)州の二大寺院の僧侶が当局の包囲を突破、一部のチベット人も加わり抗議のデモ行進となり当局と衝突。少なくとも7名が射殺される。
北京の大学では、少数民族の学生(特にチベット人学生)に、1)自分にとってダライ・ラマとは? 2)両親の住所・勤務先、3)身分証明書ナンバー、4)デモや座り込みなど政治活動に参加しない保証、など記入させている。
すべての外国人記者はラサ行きを禁じられ、青海、甘粛、四川などのチベット人居住地域へ行くことも禁じられている。
西寧の小・中学校ではすべてのチベット人生徒に氏名、住所、家庭情況を登録することが義務付けられる。
3月19日:
新華社報道によると、ラサではすでに160名が自首投稿。
デプン、セラ、ガンデンの三大寺院では7〜9日間にわたって当局の閉鎖が続き、給水もストップしたままで僧侶の生活が心配されている。
西藏電視台とラサTVは、チベット語と中国語でラサ市公安局による20人を越すチベット人の指名手配公告を放映。逮捕されたチベット人は千人に上り、3人が逮捕を拒み飛び降り自殺したという。チベット人はみな身を潜め、街を歩くのは漢人ばかりとなっている。
青海省のチベット人居住地域では、その多くが軍人と武装警官に包囲され、厳しい監視下に置かれている。
アムド(甘粛省甘南チベット族自治州)マチュ県及び各郷鎮では、60数台の軍用車に包囲、一斉検挙が開始され、30数名のチベット人が逮捕された。
アムド(四川省アバ・チベット族自治州)メワ(紅原)県査日馬(チャリマ)郷のチベット人40名が抗議し、郷政府と学校の中国国旗を雪山獅子旗に代えた。
アムド(青海省黄南チベット族自治州)レゴン(同仁)のカルツェ郷とドワ郷で抗議デモが行われる。
カム(四川省甘孜チベット族自治州)セルタ(色達)県で500人を越すチベット人が県政府前で抗議し、60人が逮捕される。
3月20日:
アムド(青海省黄南チベット族自治州)ツェコ(沢庫)県では1万人に上る僧侶と民衆が県中心で、ダライ・ラマとの対話とチベットの高度の自治を求めて抗議デモを行う。
アムド(青海省平安県)のダライ・ラマ14世の生誕地であるタクツェルでは道路が封鎖され、チベット人や記者の通行を禁じている。
青海民族学院で一部のチベット人学生が夜8時から坐り込み抗議。
アムド(海東)循化県のチベット中学で生徒が抗議行動を起こしたため、学校は休校、生徒を帰宅させる。
カム(青海省玉樹チベット族自治州)ジェクンド(玉樹)県で学生多数が抗議行動を起こす。
中央電視台国際チャンネル(CCTV-4)で22時から特別番組《ドキュメンタリー:ラサ暴動》を放映、当局による民族対立激化の宣伝で国内で民族間の憎しみを煽る結果に。
3月21日:
ラサの各機関部門、企業、各部の委員会は会議を開き当局の指示を伝達。幹部、職員、住民は“ダライ・グループの悪行を摘発批判し、分裂主義者たちと断固闘う”ことを要求され、チベット人の政府役人や政協、仏教協会関係者はテレビに出演してダライ・ラマを激しく攻撃、小・中学生までもがテレビでダライ・ラマ非難することを要求されている。
西藏電視台とラサTVによる公安局の指名手配公告で、手配者は僧侶2名、女性2名を含む29名となる。新浪netなどインターネット大型サイトにおいても19名の指名手配者写真が公開される。新華ネットで紹介されたチベット自治区関係部門のデータによると、21日現在、ラサでは183名が自首、死者は13人から18人になった。
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ラサで鎮圧任務にあたっている軍隊は、チベット人の集中する居住区にテントを張り長期戦の構えを見せている。
青海民族学院では夜8時から抗議の坐り込みが始まり、400人近くが参加。21日付の情報によると、今回の抗議を計画したと思われる本科三年生3名が逮捕された。
3月22日:
アムド(青海省海南チベット族自治州)マンラ(貴南)県で数百名の僧侶と民衆が平和的な請願デモを行っている。
アムド(青海省黄南チベット族自治州)チェンツァ(尖扎)でチベット人300人が “ダライ・ラマ万歳”、“ダライ・ラマを故郷に”をスローガンに平和的な請願デモを行っており、午前9時から現在まで当局との衝突は伝えられていない。
アムド(青海省黄南チベット族自治州)ツェコ(沢庫)県では20数名で始まった請願デモが数百人になり、ダライ・ラマやパンチェン・ラマ十世、カルマパ・リンポチェの写真を掲げ、“ダライ・ラマ万歳”、“チベット人に自由を”をスローガンに行進、軍用車3〜4台が乗りつけ、20数名のチベット人がレゴン県の方角に連行された。
青海省党委員会では幹部大会を招集され、青海における治安維持活動の進展状況が報告され、目下の情勢分析と今後の活動が検討された。
3月23日:投降呼びかけと宣伝に携帯メール
携帯電話会社のチベット支社がラサのユーザーに、3.14騒乱の被疑者に投降を呼びかけ、広く情報提供を求めるメールを送信。
甘南チベット族自治州でも、州内で起こった騒乱が、“チベット独立勢力”によるものであるという当局の宣伝メールを送信した。
アムド(青海省果洛チベット族自治州)本闊多瑪(ベンコドゥマ)郷、邁瑪(マイマ)郷でチベット人350名騎馬抗議、中国国旗を降ろしチベット国旗を掲げるが、同地の僧の説得でひとまず解散。
西藏電視台とラサTVによる公安局の指名手配公告に挙げられた手配者45名に。
3月24日:
ラサはじめその他地域でも軍と警官が至る所に配備され、検問が続いている。アムド(甘粛省甘南チベット族自治州)ツォェ(合作)では、陝西省から回された軍隊の検問時の横暴な態度や暴力が、チベット人の不満と怒りをかっている。
メディアを通じて民族対立を煽る当局のやり方は、中国の一般民衆にも影響し、青海省西寧市では一部のタクシーがチベット人を乗車拒否している。
アムド(四川省アバ・チベット族自治州)では、街頭に“国の恩に報いる活動を展開し、党の執政基盤を固めよう”といったスローガンが出現。
新華ネット・甘粛夏河3月23日付では、「甘南州105の県と市、直属部門、27の郷・鎮及び113の郷・鎮所属部署、22の村委員会が今回の事件で影響を被った」として、各地におけるチベット人による抗議行動の範囲と規模が、これまで政府側の情報や外部に伝えられていたものをはるかに超えることを伝えている。
カム(四川省甘孜チベット族自治州)ダンゴ(炉霍)県で午後4時半、ンゴ・ゴンパの尼僧200余名とジャリ(覚日)ゴンパの僧侶200余名及び農民約800名が、“ダライ・ラマ万歳!”、“チベットはチベット人に!”と叫んで平和的な請願デモを行って武装警察の発砲に遭い、僧侶を含む2人が射殺され、10名が重症を負う。四区からなるダンゴ(炉霍)県のうち三区すべてが軍と警察に包囲され、電話が通じない。
3月25日:
アムド(青海省海南チベット族自治州)興海県の合 郷のチベット人が、“ダライ・ラマ万歳!”、“チベットに自由を!”と叫んで平和的な請願デモを行い、現地の警察に阻止されたため、街頭に座り込み、武力鎮圧で射殺されたチベット人犠牲者を哀悼した。現在、同地は大勢の軍と警官の厳しい監視下に置かれている。
新華社は24日のダンゴ(炉霍)県におけるデモ鎮圧について、「武装警官について1名死亡ほか多数負傷、警官はナイフと石をもった不法分子により打ち殺された。不法分子は警官による脅しの発砲で散らされたが、武装警官がチベット人2名を射殺、多数の負傷者が出た。現在同地は戒厳下におかれ、当局による一斉捜査と逮捕が行われている」と報じた.
ラサの目撃者によると、3月23日午前、ラモチェ(小昭寺)のトメという僧侶(年齢30歳前後、ギャンツェ出身)が、寺院の閉鎖、当局による自慰への催涙弾打ち込み、僧侶に対する取調べと虐待を苦に首吊り自殺したという。
チベット人女流作家唯色のブログが昨晩9時頃に攻撃される。
当局によるチベット各地での一斉検挙と殺生が開始されたため、アムドのアバ、マチュ(瑪曲)、ゴロク(果洛)地区のチベット人男性、青年たちは自らの抗議理念を守るため家を離れ山中で暮らしている。当局の武力攻撃を受けた時は、死を以って最後まで抗議の闘いを貫くと言っている。
また、各地における当局による一斉検挙に伴い、抗議行動の起きていない地域にまで軍隊が大動員され、民衆の生活を脅かしている。
3月26日:(外国人記者団ラサへ)
ラサのバルコル(八角街)とジョカン(大昭寺)は引き続き閉鎖されたまま、漢人経営のいくつかの店舗を除いてチベット人の商店はすべてシャッターを下ろし、一部の地区では子どもを送り迎えする両親の立ち入りも禁じている。
パンチェン・ラマが座主を務めるシガツェのタシルンポ寺では連日の抗議行動で軍と警察の厳しい監視下に置かれ出入りできない状況。チベット人10数人が街の広場でデモ行進を行おうとしてその場で全員逮捕された。
シガツェのサキャ県にあるサキャ派本山サキャ・ゴンパでは連日僧侶たちによる抗議行動が発生。現在、軍と警察に包囲されている。
カム(四川省甘孜チベット族自治州)ダンゴ(炉霍)県の三区では、24日の抗議行動でンゴ・ゴンパの尼僧90名とジャリ(覚日)ゴンパの住職等2名と僧侶30数名が逮捕され、さらに射殺されたチベット人の遺体が当局に奪われ河原で焼かれた。これに抗議した同県ダンゴ・ゴンパの100名に上る僧侶が25日、県中心で平和的な抗議デモを行い、当局の武力行使で追い散らされた。
香港、台湾を含む海外報道機関17社の記者が午後ラサに到着。ラサ街頭では軍人が大幅に減少し、設置されていた検問所も撤去され、19日から24日まで連日出された指名手配もなく、見せかけの“なごやかムード”が演出された。しかし実際には、チベット人が集中する居住区では付近に設置されて久しい20件の軍のテントが張られたまま、完全武装の軍人が相変わらず特別警戒態勢をとっている。海外の記者たちは当局の演出を目にするのみで真相を知ることはできない状況。
25日早朝、アムド(青海省海南チベット族自治州)興海県河 郷で発生した抗議行動で、女性1名、男性2名が逮捕されたことで、26日には彼らの釈放を要求する請願デモが行われ、27日現在まで抗議が続いている。
3月27日(外国人記者に僧侶が訴え):
AP通信:
27日、チベット人僧侶約30名が外国人記者団の行く手を遮り、チベットに宗教の自由がないこと、中国がラサの動乱をダライ・ラマの策動だと非難していることに反駁して抗議した。3月14日のチベット事件発生以来、26日にはじめて中国以外の報道機関がチベットの取材を許可された。この取材は国務院情報事務局が主宰、全行程すべてに中国側役人が付き添うもので、台湾、香港、アメリカ、カタールのアルジャジーラなど海外メディアの記者20数名が参加。今回参加したAP通信の記者によると、27日午前、ジョカン(大昭寺)を参観していると約30名の僧侶が、「チベットには自由がない!」と叫んで突然進路を遮った。彼らはまた、中国がダライ・ラマをチベット事件の黒幕として非難するのは大間違いで、ダライ・ラマは今回の事件とは全く無関係だ、と訴えた。この突然の出来事に、付き添いの役人はすぐに記者たちを現場から遠ざけた。
台湾のメディアも同様の報道。
また午後12時半、外国人記者団がセラ寺を訪れると、当局は同寺の僧侶たちに法会を行うよう命じたが、通常700人近い僧侶による法会もほとんどの僧侶のボイコットにより参加は10数名のみ。実際、セラ寺では3月11日以来包囲されており、勤行や仏教の授業は停止、食事も寺から提供されるわずかなもの、電話など通信も時々切れる状態で、失踪者も出ている。
デプン寺は3月10日以来包囲され、寺を廻る巡礼路には発砲したり大声で叫んで脅しをかける軍人や警官で溢れ、100名に上る僧侶たちが逮捕、失踪しているという。セラ寺と同じく勤行、仏教の授業は停止、食事は寺から提供されるわずかなもの、電話など通信設備も時々切れる状況。
3月9日から現在までアムドのタール寺では多くの武装警察や公安局の私服警官が寺院内部に住込み、昼夜にわたり寺の活動を監視している。25日からは青海省の役人が、僧侶のダライ・ラマ公開批判キャンペーンを行っている。
3月28日:
ダライ・ラマが全世界の中国系の人々にチベット問題解決のため協力を呼びかける。
28日正午、完全武装した軍と警官がキルティ・ゴンパに侵入、警官3〜4人と軍人1人一組で各僧坊を回りダライ・ラマの肖像や資料を捜査した。僧侶たちは僧坊内に閉じ込められ、寺院は軍隊に包囲されている。軍隊は抗議行動再発に備え塹壕をつくった。僧侶100余名が逮捕される。
当局は、アムド、ウ・ツァン、カムのチベット全域及び関係機関で会議、活動を行い“ダライ・グループの悪行を批判糾弾”している。パクパラ・ゲレク・ナムギャルら一部の活仏は保身のためダライ・ラマを汚辱し非難し、統一戦線に属する中国チベット学研究センターのチベット学者ラクパ・プンツォク、テンジン・トゥンドゥプらも当局の代弁者となって事実を覆い隠す言論を発表している。
一方、国際的に有名なチベット学者、チベット学研究者75名は胡錦涛国家主席に連名でチベット問題の適切な解決を呼びかけ、中国のチベット政策を批判しており、現在迄に世界で130名近い署名が集まっている。
文匯報(香港)3月27日付:
チベット自治区のペマ・ツェリン副主席は、27日夜ラサで行われた記者招待会で、当日ジョカンにて僧侶たちが国外メディアを前に当局に抗議したことについて、彼らの自由を制限していたことを認めた。その理由として、ラサにおける3・14事件が少数の僧侶たちによって引き起こされ、ジョカンの僧侶も例外ではなく、騒乱後に警察は証拠調査を行っており彼らを外に出すわけにはいかない、と説明。彼らが言った事は世論を欺くための虚言だと非難した。こうした言い方は、当局にたてつく僧侶を逮捕するための下準備と思われる。注意すべきは、ペマ・ツェリン副主席がVOA記者に対し「当局はすでにダライ・グループが3・14事件に関わった手がかりを一応入手し目下証拠調べをしている。結果が出れば直ちにに発表する」と語った内容と、3月14日に自治区責任者が新華社記者の質問に答えて「これはダライ・グループの組織的な計画された手の込んだ画策であることを証明する十分な証拠がある」と言った内容が明らかに矛盾していることだ。
カム(四川省甘孜チベット族自治州)ダンゴ(炉霍)県では、3月24日に同県で抗議行動を組織したジャリ・ゴンパの僧侶テンジン、チェダク、カルマを厳罰に処するとの通告が出された。
同じくニャロン(新龍)県では、“チベットは独立する”、“ダライ・ラマ万歳!”と書かれた大量のポスターが出現し、当局は現地チベット人を集め厳重警戒にあたっている。
3月29日(各国外交官ラサ視察、再び抗議発生):
中国政府の手配で15ヶ国(イギリス、アメリカ、オーストラリア、日本他)17名の外交官からなる視察団が一泊の日程でチベットに到着、事件発生後二週間以来はじめての外交団受け入れとなった。
午後2時頃、ラサの北京中路(ラモチェ付近)で再びチベット人の抗議行動が発生。東は郵便電信ビル、青年路、西は漢人居住区に至るまで商店はことごとくシャッターを下ろし、漢人たちは手に鉄の棒などを持ち、店の前で“騒乱”に備えた。この数日は外国メディアが訪れ、一時隠れていた軍隊、警察の全部隊が集結し、パルコルとカルマクンサン居住区などを包囲、撤去されていた検問所も軍人で溢れた。抗議行動は数時間続いたようだが、詳しい状況は不明。
その後、ラサ市公安局が中国移動電話チベット支社を通じてユーザーに、以下のような携帯メールを送信:
―29日午後、ラサ市法律執行部が定期検査を行った際、露店商人や真相のわからない群衆がこれに恐れ慌てて駆け回った。現在、ラサ市の社会秩序に異常はないのでデマに惑わされないように。デマを流す、人心を惑わす、社会秩序をかく乱する、社会の安定を破壊するといった違法犯罪行為を行った場合は厳しく処分する―
実際にこのメールの内容の通りかどうかはわからないが、ラサ市民によると3月15日に、毒が入っているから水を飲んではいけない、と言ったのは政府だったが、その晩テレビでそれがデマだったことが伝えられたという。再び抗議行動はあったのか、デマだったのか、どちらとも言えない。
アムド(四川省アバ州)アバ県のキルティ・ゴンパで僧侶470名が逮捕される。殺害されたチベット人の写真がインターネットを通じて国外に公開されたことで寺のパソコンからの流出を疑った当局は、まずネット接続できるパソコンをもつ僧侶を捕らえた。また僧坊からダライ・ラマの写真が出るとそれを踏みつけるよう強制した。さらに立ち入り禁止とされている“グンカン”(護法殿)に侵入し、そこに献げられている銃を抗議者の武器と非難して没収した。(寺院にはどこでも“グンカン”があり、殺生を懺悔し護法神の加護を願って各種の武器が献げられている)
警察はキルティ・ゴンパの僧侶ロプサン・テンジン、ロプサン・チョダクを含むチベット人30名を車に押し込んで見せしめにした。30名中8名に判決が下ったが、罪名、刑期などは不明。
アバのメリマ?(美日瑪と音訳)で撲殺されたと思しきチベット人の遺体が発見された。
3月30日:
3月27日に国際的に著名なチベット学者75名が連名で胡錦涛国家主席に宛てた呼びかけに、30日現在で各国のチベット専門家、学者275名の署名が集まった。
カム、チャムド(昌都)地区ギャムダ(江達)県ワラ・ゴンパで100名以上の僧侶が平和的な抗議を行うが、現地政府の要請をうけた僧の説得により収まる。
カム(四川省甘孜チベット族自治州)ダンゴ(炉霍)県カリャン郷では、当局の反ダライ・ラマキャンペーンに抗議した僧侶たちが役人たちと衝突、10数名が暴行を受け逮捕された。その晩、300名の軍人が駐留した。
ジャリ・ゴンパのゲシェー(仏教学位をもつ僧侶)3名が釈放されるが、住職と尼僧1名はダルツェンド(康定)へ移送され、100名に上る人々がいまだにダンゴの刑務所に拘禁されている。
アムド(四川省アバ州)アバ県のアチュ・ゴンパで武装警察による大捜索が行われ、一部の僧侶が逮捕される。
同じくゴマン・ゴンパでも大捜索で僧侶16名が逮捕される。
ラサの西郊でチベット人青年11名が捉えられたという情報あり。理由は目下不明だが、30日にラサでなにかあったことは確かと思われる。
別の情報では、30日昼、ラサで騒ぎがあったといわれる頃、北京中路付近でバイクに乗ったチベット人の若者1人が検問所で呼び止められながらも停車せず、そのまま駆け抜けようとして軍人の発砲を受け、その場で射殺されたという。
フェニックスTV(香港)は温家宝首相の最新談話を放送:
「ダライ・ラマが独立を主張するのを放棄し、とくにその影響力をもってチベットで現在起こっている暴動を止め、チベットと台湾が中国の分つことのできない領土の一部であることを認めるのであれば、彼との対話を再開してもよい」
「我々は引き続きチベットにおいて、民族区域自治制度、チベット経済の発展支援と民主の改善、憲法と法律の範囲で人々の宗教信仰の自由を守り通し、チベットの文化を保証し、生態環境の保護に努めていく」
以上、中国の指導者がダライ・ラマのチベットに対する影響力をはじめて公に認めた談話として注目される。
アムド青海師範大学民族師範学院の学生が抗議行動を起こしたとのこと。詳細情報はまだ入っていない。
西藏電視台とラサTVによる公安局の指名手配公告に挙げられた手配者59名に。
3月31日(甘南ツォネの中学でストライキ続く):
当局の厳しい統制と鎮圧にもかかわらず民衆の抗議はなお止まず、甘南チベット族自治州ツォネ(卓尼)のチベット中学(高級中学=高校)の生徒たちによって連日抗議のストライキが続いている。
中国側高官の今回の騒乱についての話に先週から矛盾が目立ち始めたことに海外の世論が注目。
ラサでは兵士と警官が増え、チベット人居住区の旧市街は兵営のようになっている。
4月 1日:
西藏電視台とラサTVによる公安局の指名手配公告に新たに5人の若者が加わり、うち3名は傷害を起こした女性。指名手配者はこれで64名に。
4月 3日(中国系メディア、ダライ・ラマを黒幕と報道):
カム(四川省甘孜州)ダウ(道孚)県ニンツォ・ゴンパの僧侶と民衆が抗議デモ。
新華社が4月1日に放送した《ダライ・グループが操る“チベット人大蜂起”の内幕》が、『人民日報』、『北京晩報』など中国の多くの新聞やsina.com(新浪) 、QQ.com(騰訊)などのサイトに次々と発表、中央電視台(CCTV)で繰り返し放送され、中国の一般の人々に大きな影響を与えている。とりわけ“VOAチベット語チャンネルがダライ・ラマと国内のチベット独立派の連絡ルートになっている”という表現について、VOAは全く根拠のないことと反駁し新華社の報道に不満を表した。
4月 4日(カンゼ県の古刹トンコル・ゴンパの抗議鎮圧):
3月16日に発生したアムド(四川省アバ州)アバ県の抗議デモ参加者が軍・警官の発砲で射殺されたことについて、現地でそれを体験したチベット人の寄稿によれば、事の発端は現地の役人が寺の大経堂に中国国旗を無理やり掲げようとしたことにあった。こうした現地役人による度重なる強制干与が僧侶たちのボイコットを招き、それが大量の軍隊の駐留と挑発を呼び、終にチベット人民衆が抗議に立ち上がり、当局側の発砲で多くのチベット人が殺されたのである。
チベット自治区公安局は、中国移動電話チベット支社を通じてユーザーの携帯電話に、3・14事件の指名手配犯の手掛かりを提供し検挙に貢献した者に2万元の賞金と秘密保持を約する内容のメールを配信した。
ラサ市党委員会副書記はメディアを通じて、現在1.000人以上が先月の暴動に参加した容疑で逮捕、或いは自首しており、彼らに対する尋問は5月1日から行われると語った。
今回のチベット地区反政府抗議行動は、その規模と持続時間においてこの20年来で最大のものとなった。
カム(四川省甘孜チベット族自治州)カンゼ(甘孜)県で4月3日、古刹トンコル・ゴンパ(東谷寺)の各僧坊すべてが軍と警察、工作隊によって捜索され、ダライ・ラマと寺の活仏の写真が地面に投げ捨てられた。これを阻止しようとして僧侶ツェチェン・テンジン(74歳)とツェチェン・プンツォク(26歳)が逮捕された。工作隊は僧侶全員にダライ・ラマを汚すよう求めたが、イェシェ・ニマという僧侶が立ち上がり反対すると残る全ての僧侶も反対を表明した。
3日午後6時半、僧侶全員が逮捕者の釈放を求めて寺の外の川縁をデモ行進し、これに民衆も加わって数百人が“ダライ・ラマ万歳”、“ダライ・ラマをチベットに”、“われらに自由を”と叫んだ。午後8時から9時頃、当局は千名に上る軍・警官を動員し、武力鎮圧を行った。
この鎮圧で以下8人のチベット人が射殺されたことが確認されている:僧侶サムテン(27歳)、村人プルプ・デレク(30歳)、村人ツェリン・プンツォクの息子、村人ツォグの娘、村人ドゥプルンツォ(女性)、村人テンルプ(女性)他姓氏不明の2名。その他負傷者数名、うちトゥプテン・ゴロクというチベット人が重症、僧侶2名がそれぞれ耳と肩を打ち抜かれたが逃れる。僧侶ツェワン・リンツェン他10名が行方不明。
4日朝には一人の遺体もなかったが大量の血痕が残り、現在トンコル・ゴンパは軍と警察に隙間なく包囲されている。
西藏電視台とラサTVによる公安局の指名手配公告に男性5人が加わり、現在指名手配者79名。
4月 5日:
カム(四川省甘孜チベット族自治州)カンゼ(甘孜)県トンコル(東谷)区における抗議デモ鎮圧は多くの国々で報道され、国際社会から注視されている。新華社は発砲を認めながらも、あくまでも漢族役人1人が負傷し、警告発砲せざるを得なかったと報じた。
当局はトンコル・ゴンパ捜索時に、仏像、タンカなど多くの貴重な文化財が壊された。同寺の文化財はカンゼ地区において最も保存状態のよいもので、文革期には現地住民が危険を顧みず破壊から救ったものだった。
指名手配公告にさらに男性5人が加わり、指名手配者84名となる。
4月 6日(ダライ・ラマ、チベット同胞にメッセージ):
4月5日、カム(四川省甘孜チベット族自治州)ダウ(道孚)県のニンツォ・ゴンパで行われた年に一度の大法会の最中、当局が武力で阻止しようとしたため、千名に上る僧侶や民衆が、“ダライ・ラマ万歳!”、“チベットに自由を!”、“われらに自由を!”、“ダライ・ラマをチベットに!”と叫んで平和的抗議デモを行ったが、当局に発砲によって鎮圧された。撃たれた10人のうち3名が危険な状態。
6日正午、ダライ・ラマがダラムサラでチベット同胞に向けたメッセージを発表。
相次いで出された自治区公安局の指名手配公告で新たに男性9人(うち僧侶7名)が加えられ、いずれも3月14日午前にラモチェ(小昭寺)で発生した抗議の関係者。写真は携帯電話で撮影されたものらしく、現在まで93名が指名手配されている。
4月 7日:
指名手配公告に男性5名、女性1名加わる。
3月末にカム(四川省甘孜チベット族自治州)ダンゴ(炉霍)県での抗議で拘束されていた120名の尼僧のうち17名が釈放されたが、いずれも身体中打ち傷だらけだった。ジャリ・ゴンパの住職ロプサン・ワンチェンも釈放されたが、酷く殴打され健康状態が危ぶまれる。
先頃、アムド(四川省アバ州)アバ県栄安郷でデモに参加した5名:コンポ・ツェリン、ツァムタイ、ロプサン、ナムシ、ロサンが拘束されたが、拘禁場所、健康状態等についての情報は入っていない。
4月 8日:
ラサでは、職場・機関単位で職員一世帯毎に登録票が配布され、近く世帯毎に捜索活動が行われると思われる。
各大寺院は依然として包囲が続き、信徒の立ち入り、僧侶の外界との連絡を厳しく禁じている。ラサ旧市街のラモチェ(小昭寺)一帯、カルマクンサン小区、パルコル等はいまも多くの兵士や警官が配され、検閲を実施している。とくにラモチェ付近はものものしい警戒で、周囲のチベット人商店はいまだに営業再開していない。多くの機関は臨時軍営と化し、警察は手配写真を持って学校まで押しかけ、3月14日の騒乱に加わった中学生たちが逮捕され、保護者は停職処分を受けた。
甘粛省甘南州では警備人員の不足から、政法学院公安科の学生を学科免除し手当てを支給して警官として派遣。派出所は拘束されたチベット人であふれているという。
4月 9日(ラプラン寺僧侶、記者団に訴え):
中国政府が手配した第二期外国人記者団(11名の駐在記者を含む)が8日、蘭州に到着。9日、サンチュ(夏河)にあるゲルク派六大寺のひとつラプラン寺を訪れたところ、20数名の僧侶が雪山獅子旗を掲げて仏殿を飛び出し、記者団に、「ダライ・ラマのチベット帰還を求める、チベットの独立は求めない、ただ人権を求めている、自分たちには人権がない」と訴えた。3月27日にジョカンの僧侶が記者団に訴えて以来の命を賭した公開抗議である。
ラサ市及び各地区に属する各機関、各国の私企業、小中大各学校、各層委員会などすべての職場機関で、3・14事件を糾弾し、“ダライ分裂グループ”を批判するよう要求され、とくにチベット人幹部、職員は、ダライ・グループの“暴行”を徹底して暴き、ダライ・ラマ批判の文章を書くよう要求されている。かつて寺院を対象としていたこうしたキャンペーンの範囲が、今回は社会全体に広がっており、小学生も例外ではない。
中国政府系メディアの一方的宣伝により、すでに中国人の間に民族的憎しみを生んでいる。中国のサイトには、チベット人とダライ・ラマに対する罵りが氾濫し、体験者を名乗ってでっち上げを書いた文章があとを断たず、ラサやアバ、その他のチベット地域で発生している抗議事件の真相を覆い隠している。
また、北京や上海などのホテルは、出張で訪れるチベット人の宿泊予約を断っている。
指名手配公告に男性6名加わり、105名となる。
4月 10日(“反ダライ・ラマ”キャンペーン展開):
3月10日から一ヶ月、ラサでは多くのチベット人がロウソクを点して犠牲者を追悼する祈りを捧げた。
指名手配公告に男性5名、女性1名加わり、指名手配者計111名となる。
ラサ駅に臨時の拘置所が設けられ、一部はすでに西北方面の監獄に送られた模様。現在ラサから西寧へ向かう列車内ではチベット人が徹底的に検査されている。チベット自治区の身分証をもたないチベット人はラサには入れない。
チベット自治区では、5月初めのヒマラヤ地区聖火リレー安全確保を理由に、旅行社に対し外国人観光客の受け入れ停止を通知していたが、観光局は先週、5
月1日から改めて外国人観光客を受入ることを決定した。
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アムド(甘粛省甘南州)サンチュ(夏河)県のラプラン寺で、9日に訪れた外国人記者団に訴えたことが原因で一部僧侶が捕らえられた。
同じくマチュ(瑪曲)県オラ・ゴンパの僧侶30名とオラ郷トメ村の村民10名が捕らえられる。
アムド(四川省アバ州)アバ県のキルティ・ゴンパで捕らえられた23名の僧侶のうち、名前が明らかになったのは、ロプサン・ツェチェン、ロプサン・トンドゥプ、ロプサン・チレ、ロプサン・ニマ、ジャムヤン・ニマ。
同じくアバ県の栄薩 郷を始めとするすべての郷鎮で、“反ダライ・ラマ”キャンペーンが展開され、カメラの前で強制的に党の意向に沿う台詞を言わされ、従わない場合は逮捕すると警告されている。
4月 11日(チベット支援弁護士に圧力):
チベット人の法的支援を申し出た中国内地の弁護士に当局が圧力をかけ、3名の弁護士が当局の脅しが原因で手を引かざるを得なかった。弁護士によると、北京市司法局から、チベット人の案件に関わること、チベット人を弁護することは認めない、「チベットの弁護士で十分足りる、外からの応援は必要ない」と言われたという。こうした状況下での判決結果は到底納得できるものではない。
アリ(阿里)地区リト(日土)県で4、5人のチベット人が、「チベット問題解決のためダライ・ラマと話合い、チベット人に対する鎮圧、殺戮を止めろ!」と叫んで抗議デモを行って即刻逮捕され、獅泉鎮に拘禁された。
カム(四川省甘孜州)カンゼ(甘孜)県トンコル(東谷)区の僧侶と民衆に、もし山中に逃れたチベット人が投降しないなら、寺と村人に危害が及ぶと当局が公に威嚇している。撃たれて負傷したチベット人は病院へも行けず、差し迫った事態となっている。
ラサのデプン寺、セラ寺、ジョカン(大昭寺)、ラモチェ(小昭寺)等はすでに包囲されて一ヶ月、信徒の参拝が禁じられているばかりか、法事、修学など寺の活動も停止され、僧侶の日常生活は困難に陥っている。食糧は寺でわずかながらまかなっているが、電話は通じず、失踪する僧侶も出ている。
指名手配公告に18名、さらに3月14日以前にラサで発生した平和的デモ行進と座り込みした僧侶14名が指名手配され、計143名となる。
4月 12日(デプン寺で衝突?):
10日夜、多数の軍用者がデプン寺に向かい、11日、デプン寺に通じる道路が封鎖される。一ヶ月包囲された寺院内で飢えに耐えられなくなった僧侶が軍に包囲解除を要求したとか、警官が寺に侵入し僧侶を拘束しようとしたため衝突が発生したなどと言われているが、詳細は明らかになっていないが、情報はラサ中に広まりチベット人たちは気が気でない様子。
別の情報では、ラサ中学で漢族とチベット族の生徒の間で衝突が起こったという。市中では漢人のチベット人に対する敵意が日々の生活にも及んでいる。3月末には農牧局の野菜市場で値段をめぐって争いが起こり、商人たちが5人のチベット人を殴り、兵士がこれに介入し発砲。弾が一人のチベット人の脚に中り、チベット人5人はみな捕らえられた。
3月14日以降に無実の罪で捕らえられた一部のチベット人―100人に上る学生も―が釈放される。ラサ駅の倉庫には800人以上が拘禁され、一部は軍に、一部は公安と検査部門の監視下にある。軍の監視下におかれた者は酷い虐待を受けている。一部はラサのグダ留置所に、一部はトゥールンデチェン県、メトグンカルの監獄に移された後グダ留置所に戻された。ラサでは3,000人以上が捕らえられている。
指名手配公告に11名(多くは僧侶)加わり、計154名となる。これに続いて3度の指名手配広告が出される。11日にデプン寺で発生した事件と関係あるかもしれない。
カム(四川省甘孜州)カンゼ(甘孜)トンコル(東谷)区では、当局による抗議鎮圧の後、山に逃れた300余名の僧侶と多数の民衆に、五日以内に投降して下山しない時はトンコル・ゴンパを破壊する、と通告したが、いまのところ現地の動向は入っておらず、現地チベット人とも連絡がとれない状態。
4月 13日(カンゼでも“反ダライ・ラマ”キャンペーン):
指名手配公告に男性7名加わり、計161名となる。
カム(四川省甘孜州)で12日、当局はカンゼ(甘孜)州18県の宗教界指導者と関係者が緊急会議を開き、ダライ・ラマに反対する文書に署名するよう求め、13日からカンゼの43の寺院で“愛国愛教・反ダライ・ラマ”キャンペーンを開始するよう命令を下した。
日本人記者の報道によると、ダライ・ラマの故郷:青海省西寧市平安県紅崖村の生家の正門は堅く閉ざされ、両側の壁に青海省司法当局の通告が張られている。日付は4月2日、中国語とチベット語で「国家の安全を害するしるし、ビラを貼り撒くこと、ダライ・ラマの肖像、写真を製造し配布することを禁ず」とあり、さらに「不法分子は立ち返ることこそ唯一の救いである。自首した者、不法分子の情報を供述した者は罪を軽くし或いは減刑する」、「不法分子検挙に協力した者は表彰され褒章を受ける」とも書かれている。昼間は警官がパトロールし、現地に通じる道路も封鎖されている。
4月 14日:
数日前、ダルツェンド(康定)で雪山獅子旗を掲げデモを行った四川省佛学院の学生サムポと、軍用車に向かって雪山獅子旗を掲げ‘チベット独立’等と叫んだ牧民ラクパが拘束され消息不明。
チャムド(昌都)マルカム(芒康)県で抗議デモ発生、詳しい状況は不明。
13日の西藏電視台ニュース及び新華ネット・チベットは、チベット自治区公安局による法制宣伝教育工作グループがデプン寺に派遣され、活動が順調に進んでいることを伝えているが、沿線道路の封鎖は解除されたもののデプン寺に通じる道路は依然封鎖されたまま。
4月 15日(4月11日発生のデプン寺事件情報):
アムド(青海省黄南州)チェンツァ(尖扎)県で30人近いチベット人が捕らえられている。
数日間拘束されたチベット人によると、ラサへ巡礼に行く途中非合法逮捕された彼らは四川省成都付近の劣悪な刑務所に入れられた。こうした非合法で成都付近の刑務所に拘禁されているチベット人は他にも大勢いる模様。
4月11日に発生したデプン寺の事件について、チベット人権民主化センターのたしかな情報によると、自治区政府は先頃、デプン寺に“法制宣伝教育工作グループ”を派遣、‘愛国主義教育’と‘反ダライ・グループ’宣伝活動活動を展開し僧侶たちから一斉に反発を受けた。工作グループは大量の軍と警官を動員し抗議した僧侶たちを抑え、数名の僧侶がその場で逮捕され連行された。新華社は13日、工作グループがデプン寺に進駐したことは報じたが、僧侶たちが抗議し拘束されたことは伏された。デプン寺に通じる道路は封鎖され、寺に駐留する警官たちは僧侶たちの行動の自由を厳しく制限し、信徒を含む内外の訪問客が寺に入るのを禁じている。捕らえられた僧侶たちはそれぞれラサのチュシュル(曲水)とナクチュ(那曲)方向に送られた模様。
14日の指名手配公告に男性4名(僧侶はいない)加わり、計165名となる。15日、僧侶4名が加わり、指名手配者は計169名に。
3月25日にアムド(青海省海南州)興海県河 郷で発生した100名に上る抗議デモでは、現在までのところ自首した者も含めると15〜16人が捕らえられている。
アムド(甘粛省甘南州)チョネ県(卓尼)県当局は主な郷鎮と寺院付近に人員を派遣、半年を目どに監視を続けている。すでに僧侶300余名、一般民衆はそれ以上の数捕らえられており、同県の二箇所の監獄がいっぱいになったため、一部は付近の臨夏回族自治州にある監獄に移送された。
3月17日に北京の中央民族大学で座り込み抗議を行った本科と大学院の学生約140名が明らかになり、大学側は4月18日までに始末書を提出するよう通知した。
4月 16日:
チベット人の主な居住区を対象に捜索が続いており、ダライ・ラマの写真を隠していると連行される。そのためチベット人の多くは、ツァンパや米、ムギなどを収めた食糧庫や梁の間などに隠しているが、密告されることを恐れて泣きながら焼いて処分せざるを得ない状況だという。また、チベット人党員や幹部に対する不信から、自治区当局は各職場の入口と事務所にカメラを設置して監視を行っている。各種の‘ダライ・グループ’ 批判大会が開かれ、小学生までもが糾弾書を書かなければならないありさま。
先頃9名のラサ市民が、当局のチベット人に対する鎮圧に抗議し、声明を発表して中国共産党の一切の組織から脱退することで暴政に対する抗議を行った。
14日夜、アムド(甘粛省甘南チベット族自治州)サンチュ(夏河)県ラプラン寺で僧坊の捜索が行われ、200名近い僧侶が連行され取調べと虐待を受け、15日には一部の僧侶が釈放された。現在、甘南で捕らわれているチベット人は僧侶を含めて少なくとも3000名以上。釈放されるには罰金支払が必要で、事情に応じて2〜3千元から数万元。
アムド(青海省黄南チベット族自治州)チェンツァ(尖扎)県で、ダライ・ラマの帰還、軟禁中といわれるパンチェン・ラマ十一世に会うこと、チベット人の大学卒業生に仕事斡旋などを要求して先頃起こした平和的デモのため約50名が拘束された。その大部分は農民で僧侶は多くない。
アムド出身の人気歌手ジャムヤン・キ(加羊吉 40歳)が青海省の保安部に呼び出され、そのまま拘禁。
北京で働く、或いは学校に通う、出張に訪れるチベット人はみな排斥と監視に遭っている。ホテルや旅館の多くは宿泊を拒否、チベット服を着ているとタクシーに乗車拒否され、チベットスタイルの店やレストランは商売あがったりで、北京警察はこれらの店の経営者に、僧侶や怪しいチベット人がいれば即刻警察に通報するよう要求している。
カム雅江県キチュ村で、200名以上のチベット人が平和的デモを行ったとの情報あり。
4月 17日:
アムド(青海省黄南州)レコン(同仁県)で15日、2月11日の抗議事件で一度釈放した僧侶等を再逮捕、17日午前、逮捕者の情況を尋ねに県政府に出向いたロンウォ・ゴンパの僧侶20数名がそのまま拘束され、その後仲裁にあたっていた80歳になる活仏や一般民衆を含む100名近く拘束された。武装した兵士や警官によりロンウォ・ゴンパの全僧侶の80パーセントが捕らえられ、一般民衆も含め少なくとも200名以上が拘束された。
カム(四川省甘孜チベット族自治州)雅江県シャジカル村の100名に上る牧民たちが16日、ダライ・ラマの帰還と彼との対話を当局に求めて平和的デモ行進を行い、鎮圧された。
指名手配公告に一部取消し通告あり、すでに自首しているか逮捕されたためで、約10数名、そのほとんどは、11日にデプン寺でダライ・ラマ批判に抗議して捕らえられた僧侶。
午後3時過ぎ、セラ寺から多くの僧侶が連行、トゥールンデチェン県のレンガ工場付近に拘禁された。
アムド(青海省海南州)カワスムド(同徳)のツァンカル・ゴンパで再び僧侶20名が連行される。
4月 18日:
アムド(青海省黄南州)レコン(同仁)県では僧侶、一般民衆約200余名が拘束され、同地のロンウォ・ゴンパは軍と警官に包囲され、参拝の信徒や観光客の立ち入りを禁じている。
アムド(青海省果洛チベット族自治州)マチェン(瑪沁)県では3月31日、漫才芸人のダバイと女性歌手ドルマ・キが捕らわれた。ダバイはラプラン寺僧侶の抗議デモを支援し、雪山獅子旗やダライ・ラマの画像を印刷して提供した容疑。ドルマ・キは自身が作詞した歌詞によるものと思われる。他に私立チベット語学校の校長、副校長、教師など、彼ら5名はいずれも西寧に連行され拘禁されている。
オリンピック聖火は5月中旬チベット自治区に入る。19日〜23日にチョモランマに護送されるため、5月には観光客を受け入れる予定だったが、時期尚早として対外開放は見送られることになった。関係部門によると欧米観光客の今年度中受け入れはないだろうとのこと。
チベット自治区では4月12日から各地の寺院で一律に中国国旗を掲げることが決まった。甘粛、青海、四川、雲南など各省チベット地域の寺院にも同規定を執行される。
4月 19日:
アムド(青海省黄南州)チェンツァ(尖扎)県で34歳の在家僧が抗議行動参加容疑で連行される。
ラサで連日公布されてきた指名手配公告もほぼ終了、全部で25回、170名の僧侶、一般人が指名手配に挙げられ、最近約30名がすでに自首或いは逮捕されたため手配が取消された。
北京の中国チベット学研究センターなど一部のチベット人が集中する職場では、ラサ3・14事件や他のチベット地域で発生した事件について批判レポートを書かせている。北京チベット病院のチベット人職員はすべて派出所に登記させられ、中国社会科学院、国家民族委員会、民族出版社、中央民族大学などのチベット人職員は学習会参加を求められ、各大学はチベット人学生に対し異常に用心している。
アムド(四川省アバ州)ゾルゲ県のチョンパスムド・ゴンパで17歳と21歳の僧侶が逮捕された。
同じく、タクツァンラモ・キルティ・ゴンパの僧侶190名が当局による精神的抑圧に耐えかねて寺院を抜け出し逃亡中。
4月 20日:
ラサ公安局副局長が18日午前の記者会見で発表したところによると、現在までで‘3・14’略奪破壊放火事件に関わった容疑者のうち365名がすでに自首しており、同案件の容疑者170名を指名手配、そのうち逮捕者82名、自首してきた者11名。
今朝、40台のトラックがセラ寺に向かい、400余名の僧侶をトゥールンデチェン県に連行。
ルンドゥプ(林周)県にあるガンデン・チュンコル・ゴンパや尼僧院の僧侶尼僧もほとんど捕らえられている。
チベット自治区及び甘粛、青海、四川、雲南等チベット地域のあらゆる職場で、文革期を思わせる‘ダライ・グループ糾弾’集会が開かれている。
ラサの歓楽街ではほとんどの店が通常通り営業しているが、チベット舞踊を主とする顧客にチベット人の多い朗瑪庁(民族歌舞場)はチベット人が集まってトラブルを起こしやすいとの理由で営業許可が下りていない。商売上がったりの商人も体制派のチベット人もみなラサから離れたがっている。
ユト路からジョカンまでの沿道一帯にはすでに音声コントロール設備が備え付けられている。
逮捕されたチベット人の法的支援提供を申し出た21名の中国人弁護士は、その多くが当局から直接或いは電話によって介入するなとの警告を受けたほか、年次定期検査の時期にあたるこの時期、少なくとも二つの弁護士事務所がこれを延期され、その結果100人前後の弁護士に影響する。定期検査延期が長引けば弁護士内部で対立が生じることになる。中国の過激な民族主義者からは罵りや脅しのメールが送りつけられている。
4月 21日:
《西藏日報》21日付によると、ラサ市では、農牧民、党員幹部、一般民衆に“反分裂闘争、ダライ・グループの分裂の企みに対抗”することを目的として、農牧区と市街区で “反分裂・安定保護・発展促進”とテーマを三段階に分けて二ヶ月間の予定で正式に教育活動をスタートさせる。
“反分裂”を主とした“愛国主義思想教育”活動はすでにチベット自治区各地区、各県に浸透している。
アムド(青海省甘南チベット族自治州)マチュ(瑪曲)県欧拉郷のニェト(念托)・ゴンパで14日夜、突然大勢の警官により僧坊が捜索され、ダライ・ラマの写真やVCDなどが没収、僧侶150人が拘束された。
11日と16日には同県の釆日瑪郷で数十名のチベット人が捕らえられ、消息不明になっている。
カム(四川省甘孜チベット族自治州)セルタ(色達)県の寺院で、僧侶と民衆、付近の村人が抗議デモを行い、当局の鎮圧によって死傷者が出たとの情報あり。事実確認はできていない。
4月 22日聖火チョモランマ登頂の準備:
21日シガツェ地区で聖火チョモランマ登頂に関する動員大会が開かれ、武装警察、消防、保安部隊など各部門の警備保安強化が確認された。聖火がある期間中、ラサは戒厳体制が敷かれ、チベット人のコルラ(巡礼)は禁止される。ラサの旅行社は、聖火がラサに到着した後、少なくとも2万人の漢人がポタラ宮広場で“聖火を守り祖国を愛する”祭典を行う許可を自治区から得た。
また5月から、ラサの戸籍をもたない者、正式な職業を持たないチベット人(他所から修行に来ている僧侶を含む)はみな原籍地に返される。チベット自治区以外のアムド、カム等のチベット人も一律にラサ行きが認められなくなる。チベット自治区の聖火ルートにあたる各地ではみな同様に処理されるという。
《西藏日報》は、“ダライ分裂グループ 反動の本質を暴くシリーズその一”として、ダライ・ラマを攻撃する評論の連載を開始。
僧侶に対する大規模な逮捕活動が続いており、ラサのデプン寺付近にあるネチュン・ゴンパでは4名の僧侶を残すのみとなった。寺院の門は全て閉ざされ、多くのチベット人は薬王山の摩崖仏の前で供物を捧げ、鎮圧に遭った人々のために祈っている。
17日、ウ・ツァン(チベット自治区ラサ市)ルンドゥプ(林周)県にあるサキャ派のナーランダ・ゴンパでは、8名の僧侶が捕らえられた。
アムド(甘粛省甘南チベット族自治州)ルチュ(碌曲)県のシーツァン・ゴンパでは、15、16日で32名の僧侶が捕らえられ、同じくチョネ(卓尼)県多科郷のチョペル・タシ・チュコル・ゴンパでは200名の僧侶が捕らえられた。
アムド(四川省アバ州)ゾルゲ県のタクツァン・ラモ・キルティ・ゴンパ、セルティ・ゴンパ、多却村でも僧侶、村人各4名が捕らえられ、タクツァン・ラモ・キルティ・ゴンパの僧侶190名は寺を離れ、山野に避難した。
アムド(四川省アバ州)アバ県にあるキルティ・ゴンパの僧侶トゥソン(29歳)が16日夜、当局の抑圧に耐え切れず自殺。
アムド(青海省)では芸能関係者、教師、作家の逮捕が相次ぐ。3月31日には、ゴロク(果洛)州の民間芸能漫才で有名なダベ(達貝:ダワタル)と歌手のドルマ・キ(卓瑪吉)、民間でチベット語教育に従事していたパルチェンキャブ(巴千恰)、教育活動にも従事していた弾き語り芸人ルンドゥプ(恒周)、サムナン・ドキ(桑南多吉)が逮捕され、西寧に連行拘禁された。4月1日には、青海TVで活躍する有名な女性歌手であり詩人のジャムヤン・キ(加羊吉)が青海省安全部門の呼び出しを受け、いまだ拘禁されている。
4月 23日デプン寺、セラ寺等で大量逮捕明らかに:
チベット人とその集中居住区管理のため、ラサ市管轄の事務所と各住民委員会では管轄内の人員に調査を行い、ラサの戸籍を持たない外来者には登録を義務付けている。
聖火のチョモランマ登頂やラサ到着により、ラサ周辺の各郷、郷政府は、5月1日からラサに入れないことを農民たちに通知。目下、ラサの住民たちはその期間中の戒厳体制に備えて、食糧や日用品の買出しに躍起になっている。3月14日にラサに進駐した軍隊もそのまま残っており各所に分散居住しているが、先週から各職場に会議室、事務室など空けるよう指示が出されており、聖火のチベット入りで軍隊が増員される準備かもしれない。
チベット自治区公安庁が法制宣伝教育耕作グループをラサの各寺院に進駐させた件について、4月10日深夜、自治区公安庁は突然、デプン寺、ネチュン・ゴンパの僧侶逮捕に踏み切った、その夜、僧侶を満載した12台のトラックが寺院を出て行き、デプン寺では年老いて弱った僧侶以外はほとんどいなくなり、ネチュン・ゴンパでは4名を残すのみとなった。
4月16日深夜2時、セラ寺で一斉検挙が開始され、400名の僧侶が逮捕された。残されたのは老僧のみ。
4月18日明け方4時頃、ラサ市チュシュル(曲水)公安局と自治区特別警察はラサの西南30キロにあるニェタンのドルマ・ラカン(11世紀創建の仏殿)でほとんどの僧侶を逮捕。
この一連の逮捕劇に関わった張慶黎(ヂャン・チンリィ チベット自治区最高責任者)に対して、体制内のチベット人を含む大部分のチベット人から恐れ不安とともに怒りが向けられ、実際に“3・14”事件の責任は彼にあると考えられている。これまで当局側に立っていた体制内の多くのチベット人たちは、今回の大量逮捕事件で、当局のチベット人に対する鎮圧の酷さ、中国メディア宣伝の虚偽、各地でのチベット人排斥の動きに驚愕し、当局に対する強い不信感を抱いている。
北京のチベット人が働く一部の職場では彼らを解雇し、職を失ったチベット人たちが次々に帰郷している。
4月 24日:
《西藏日報》“ダライ分裂グループ 反動の本質を暴くシリーズ”では、ダライ・ラマを“チベット社会動乱の総根源”として、動乱の責任を一方的にダライ・ラマになすりつける文章が掲載されている。
チベット当局は、第一に、党員幹部、末端党員に対し“愛国主義教育”という名で思想コントロールによる厳しい政治教育を行い、第二に、各寺院に対し“法制教育”という名で工作グループを派遣し僧侶一人一人を改造、第三に、末端幹部を地域、学校、農牧区に入り込ませ、住民、農牧民、学生たちに“反ダライ・ラマ”、“愛国主義広育”の徹底を図っている。
聖火のチベット入りを前に5月1日からの外出規制の準備として、各人に通行証を発行、学齢前の幼児も登録が必要。3月14日以来、ラサの全ての機関で宿直制度を実施、オリンピック終了まで続くものと思われる。
デプン寺、セラ寺の逮捕された僧侶たちの情況は未だ不明。3月14日以来、ラサでは大量の逮捕者で監獄がいっぱいとなり、駅の倉庫などに移送。目下一部が釈放されたが、大部分は拘禁されたまま虐待を受けている。ラサ近郊のルンドゥプ(林周)県では大勢の逮捕者が出たため、政府の講堂に移したが衛生上の問題も出ている。
3月16日に蘭州の西北民族大学でチベット人学生500余名、3月17日には、成都の西南民族大学で100余名がデモ行進と座り込み抗議を行ったが、先頃、各大学ともデモ参加者に始末書の提出や調査が行われた。
アムド(甘粛省甘南チベット族自治州)マチュ(瑪曲)県では、武装警官1万人余り(ほぼ現地住民の数に相当)がオリンピック終了まで駐屯。
アムド(四川省アバ・チベット族羌族自治州)メワ(紅原)県のチベット中学では3月17日のデモ鎮圧で撃たれた学生にすでに身障者となった者も出ている。県中心部では、メールで現地の情報を漏らしたチベット人を含む30数人が捕らえられている。
4月 25日中国がダライ・ラマ代表との対話再開を発表:
中国メディアの報道によると、4月23日から国内観光客のチベット旅行を再会、5月1日から、鉄道でチベットに入る場合、身分証を示し実名を登録することで乗車券が発行される。現地の複雑な状況から、団体ツアーに参加することが望ましく、単独あるいは小グループによる行動は避け、出かけるときは身分証を携行するようにとのこと。北京の某旅行社によると、現在チベットに旅行しようという中国人は多くはなく、旅行社も不測の事態が発生するのを恐れて、チベット入境再開には期待していない。
重大ニュース:新華社4月25日:
“ダライ側の度重なる話合い再開の要求を考慮し、中央政府関係部門は、近くダライの代表と接触し協議を行う予定”
北京で働いているチベット人が派出所の調査を受けている。派出所の圧力で一部の個人経営者はチベット人を解雇している。現在、北京の警察ではチベット人警官が増えている。彼らは公安大学など警察関連の学校で学んだチベット人学生だという。漢人と北京で学ぶ或いは働くチベット人との間で、言い争いや殴り合いの喧嘩が発生している。
アムド(甘粛省甘南チベット族自治州)サンチュ(夏河)県のラプラン寺管理委員会の僧侶が北京を訪れ、中央政府に現地政府の不当なやり方を訴えた。現地政府は大量の兵士と警官を動員し深夜に寺を急襲、数百名の僧侶を捕らえ、僧坊を捜索、彼らの私的財産を壊し、盗みまで行い、寺院の文化財にも損害を加えている。逮捕された僧侶たちがどこに拘禁されているかも不明。
現地の僧侶や民衆は、平素から当局と折り合いの良いラプラン寺座主ジャムヤン・リンポチェ(中国仏教協会副会長、中国チベット語科高級佛学院院長、甘粛省仏教協会会長)のような宗教界の人物たちが立ち上がり、チベット人に対する鎮圧を止めるよう当局に呼びかけるのを待ち望んでいるという。
4月 26日青海省のペマ協商会主席が当局非難:
《明報》(香港)紙の記事《ラサの街頭にいまだ武装警察、チベット旅行5月1日に解禁》によると、「本紙特約記者がラサ周辺地区の様子を見てきたところ、騒乱のあったジョカン(大昭寺)、セラ寺、デプン寺は観光客にはまだ封鎖されており、チベット人信徒のみ入ることができる」と報じたが、ラサのチベット人によって、これが誤った情報であることが証明された。実際には、3月10日以降、ラサ三大寺といわれるデプン寺、セラ寺、ガンデン寺及び中心部にあるジョカン(大昭寺)、ラモチェ(小昭寺)などはずっと閉鎖されており、今なお観光客だけでなくチベット人信徒の参拝も許可されておらず、通信設備に至っては全てが覆われた状態にある。
新華社は25日、当局がダライ・ラマ側との対話を発表する一方、ラサで千名以上の党員幹部が自治区直属機関反分裂闘争情勢教育報告会に、数百名の党員幹部が自治区政協機関の教育活動動員大会に参加、その他の機関も同様の会議を開いたことを報じた。
政府系メディア《光明日報》や当局のチベット関連サイトでは、相変わらずダライ・ラマを批判攻撃し、ラサから北京に至る情勢にはなんらの変化も見られない。
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《自由中国論壇》に見る一部中国人にも「中共側の対外的な目くらまし」、「オリンピック成功のために圧力軽減を狙った策略」、「オリンピックを無事開催するための方便」という見解があり、「中共に誠意があるなら、まずチベットに全世界からの取材報道を受入れ、国連の人権組織に虐殺事件いついてチベットで調査を行わせるべき」意見も出ている。
大多数のチベット人も今回の対話発表に対して、オリンピック成功のためのものでチベット人を満足させることにはならないだろうと懸念し、希望をかけていない。ラサを含む各チベット地域の人権状況はひどいもので、ラサ“3・14”事件だけでも少なくとも150名以上のチベット人が犠牲になっている。3月14日から今日まで、ラサで死者が出ると、天葬台に送られる途中で兵士や警官が遺体を包んだ布を解いて、事件で射殺された人間かどうか検査するという状況にチベット人は悲憤している。また死者のために僧侶にお経を上げてもらうのも適わぬ望みになっている。
各チベット地域では、体制内のチベット人も処分され、ラサではチベット人警官数名が機密漏洩で解雇されたという。
中国捜狐の張朝陽(ヂャン・チャオヤン)総裁は同サイトのチベット報道チームを率いてラサ入りし、その“単独ドキュメンタリー”なるものでCCTV以上の対外宣伝を披露している。実際、彼らが宿泊したヒマラヤホテルでは観光ブームに見せかけるために、チベタンダンスの稽古、テント組み立て、水汲みさせるなど訓練しているふりをさせ、旅行社の人間に観光の見通しを語らせているが、業界内では、今年のチベット観光は低調だろうという。
《南華早報》(South China Morning Post:香港)紙は青海省協商会のペマ主席と青海省玉樹自治州のチベット人役人(匿名希望)を取材、彼らは公に中共当局の失策を批判し、「僧侶やチベット人を教育し罰する目的は“チベット高原の各地域でダライ・ラマと人心を勝ち取る戦い”であり、そのために、“二十年来最も深刻な抗議闘争に参与してきた僧侶と彼らの所属する寺院が今回のキャンペーンの主要目標であり、8月のオリンピック閉幕まで続けられる”」と漏らした。ペマ主席はさらに大胆にも、「どこへ行っても兵士と警官だらけ、いまは安定しているように見えるが、問題はこの安定がいつまでもつかということだ。政府はこれほどに力を使いながら、出てくるのはその場しのぎの対策、これではいっそう怨恨を深めるだけだ」と語った。
カム(四川省甘孜州)カンゼ(甘孜)県タガ(扎 )ゴンパの尼僧ラガ(32歳)とソナム・デキ(30歳)は23日、県中心部で経文を印刷したルンタと“ダライ・ラマ万歳”、“チベットは独立国”と書いたビラを撒きながらスローガンを唱え、警察に逮捕された。
4月 28日:
チベット人女流作家オセル(唯色)のブログが攻撃され、コメント書きこみができなくなっている。書き込まれたコメントはいずれも同じ内容で100件に達し、当局のネット管理部門か“愛国青年”によるものと思われる。
中国がダライ・ラマ代表との狭義を発表したことについて、“口先の渉外”策略と評価するチベット人もいる。北京大学国際関係学院の某教授は、“対話”は中国と西側に“引っ込み”をつかせるための“策略的譲歩”であると言う。中国はチベット亡命政府が自分たちの差し出した“平和の枝”を突っ返したと言って、最後に対話不成功の責任を亡命政府側に取らせようと企んでいる。遠からぬうちに西側各国首脳はオリンピック開幕式に出席し、3月に起こった大規模抗議“チベット事件”は忘れ去られるだろう。チベット地区の最高責任者の張慶黎(ヂャン・チンリィ)による “ダライ分裂グループ”の批判集会、漢人の大量移入による経済市場独占とチベット人のさらなるマイノリティー化と中国化、寺院では“愛国主義教育運動”…チベット人が払った大きな犠牲が北京オリンピックの盛大な虚像の中に呑みこまれていく。
3月10日以降の鎮圧で犠牲になったチベット人がこの世を離れて四十九日目、チベットでは“七十七日”にあたる本日、ダラムサラではダライ・ラマによる済度の法会が行われ、カルマパはじめ高僧も参列し、死者の幸いなる転生を祈った。
チョモランマ取材の外国メディア到着とのことで、ラサで突然警備の人数が減少。
27日、封鎖されていたセラ寺が開放され、僧侶は出られるようになったが、一般信徒の参拝は許可されず、当局から選出された一部のチベット人幹部が信徒に扮して参拝。デプン寺では、残された僧侶が少ないため、“目下修理中”を名目に参拝、参観はできない。
アムド(青海省果洛チベット族自治州)チクディル(久治)県のミタン・ゴンパで4月19日夜、大量の警官が強行乱入し僧坊を捜索、ダライ・ラマの写真を破り、携帯電話を没収した。僧侶は逮捕されなかったが、牧民50名が連行され、うち27名が県の監獄に、残りはミタン郷政府に拘禁された。
アムド(青海省黄南チベット族自治州)レコン(同仁)県のロンウォ・ゴンパで、4月21日から50余名の幹部からなる工作グループが“愛国主義教育キャンペーン”を展開、僧侶にダライ・ラマ批判を強要し、従わない者は電気棒で殴られる。目下ロンウォ・ゴンパでは千名に上る警官に見張られ、僧侶の出入りは許されない。残った400〜500名の僧侶のうち、160名以上が負傷しており、300名以上が逮捕されたまま。
アムド(四川省アバ・チベット族自治州)ゾルゲ県のチューキ(求吉)・ゴンパで先頃、数十名からなる工作グループが駐留し“愛国主義教育キャンペーン”を展開、寺院は一時的に閉鎖されている。3月中旬、同寺院では平和的なデモで10数名が逮捕され、うち数名が釈放されたが、全員打ち傷を負っていた。
4月 29日抗議デモ参加者に判決:
3月の抗議デモに参加したチベット人たちに重刑が下された。新華社によると、4月29日午前、ラサ市中級人民法院は、3月14日のラサ騒乱における暴力行為で起訴された17名に公開判決を下した。
平和的抗議デモに参加したチベット人17名はそれぞれ懲役3年から無期懲役の判決を受けた。そのうち僧侶パサンとソナム・ノルブには無期懲役、他のチベット人僧侶2名はそれぞれ懲役20年、僧侶3名に懲役15年の重刑が言い渡された。
オリンピック聖火のチョモランマ登頂取材のために、ロイター社、CNN、共同通信社など海外メディアと中国の主要政府系メディアがチョモランマのベースキャンプに到着。ラサは五星紅旗や紅灯で飾られている。
多くの政府系メディアでは一斉に、セラ寺の“全面開放再開”を報じ、「信徒たちはそれぞれのお堂に経験な祈りを捧げている」と伝えたが、ラサの住人の話では、“信徒”とは当局に選出されたチベット人が扮したもの。またチベット自治区民族宗教委員会党組のテンジン・ナムギャル書記は「寺院の宗教活動はっすでに予定通り行われており、勤行法会も正常に回復している。僧侶500余名の修行と生活も正常に復帰している」と言ったが、実際、セラ寺には千名余り在籍しており、うち半分以上がアムドやカムから修学にきた僧侶たちで、1419年創建以来の伝統となっている。“僧侶500余名”とは今回大寺院に対して行われた僧侶大量削減の懲罰を意味するのか、自治区外の僧侶を追い出したということなのか、もしそうであればチベット仏教の伝統が大きなダメージを受けたことになる。一方、残る半数以上の僧侶たちが逮捕されたままであることを意味するのか?
セラ寺僧侶の電話はいまだ通じず、彼らの生活はいまだ正常復帰していない。デプン寺も同じく、しかも開放されていない。開放の可能性としてはセラ寺のように自治区以外から来ている僧侶を追い出すことにある。ジョカン(大昭寺)の僧侶たちも寺から出られず、電話は通じるが盗聴される。ラサのチベット人家庭では一律に身分証と戸籍謄本をコピーし写真を添えて登録させられ、派出所は各期間に警官を派遣し、繰り返し調査を行っている。
チベットの政府系新聞《西藏日報》は本日、ダライ・ラマを非難攻撃する文章三題を掲載。“対話発表”の一方で、こうした反ダライ・ラマの動きがあることについて、ジグメ・ナムギャルは、“長期にわたってチベットに関わる反分裂闘争”の中で漁夫の利を得るグループが内部で妨害していると分析する。こうした連中は中央にもいて、チベットにはさらに多くいる、彼らが長年経営してきたチベットは、出世の道と物質的利益を提供してくれるありがたい場所になっており、もし対話によってダライ・ラマが帰還することにでもなれば、社会管理、民族宗教政策は一変し全てを失ってしまう。北京からチベット各地にいたるまで、“反分裂”によって生計をたて、出世し、蓄財してきた漢人、チベット人の役人たち、彼らこそまさに“チベット問題”解決の“足枷”になっている。
4月 30日ラサで軍隊・警官が私服化:
29日に判決が下された30名は、拷問によって自白を強いられたものと思われ、一部は警官に支えられて出廷し、うち一人は脚を折られたようで立つことができない状態だった。傍聴者の話では、裁判は、弁護士による弁護も被告陳述もない簡略化されたもので、裁判官の中国語は傍聴者の失笑を買うほど間違いだらけのチベット語に翻訳された。この数日のうちに、さらに多くの審判が下される。
海外メディアを含む記者団のチベット入り、国内旅行者のチベット観光受入れ開始、さらに聖火のチョモランマ登頂を控え、ラサで警戒にあたる軍隊は私服に着替え兵力も増加している。29日から、ラモチェ(小昭寺)とその付近の警戒にあたる兵士たちは赤いサンバイザーを被った観光客に、他の街頭では黒のサンバイザーを被った旅行者か役所関係の人夫に扮し少人数のグループをつくり、無線機を手にしている者もいる。セラ寺を包囲している軍隊も私服に変わり、胸に“安全業管員”と書かれたバッジを着けている。
ラサの街は私服警官で溢れ、毎日コルラ(巡礼)している人々の中にも私服警官や買収された密告者がいる。
5月 1日警官隊長銃撃のウラ:
アムド(甘粛省甘南チベット族自治州)サンチュ(夏河)県のラプラン寺で僧侶200余名が逮捕、僧坊が捜索され個人的財産に損害が加えられた挙句、寺院の貴重な文物までもが略奪されたことに対し、座主であるジャムヤン・リンポチェ(中国仏教協会副会長、中国チベット語系高級佛学院院長、甘粛省仏教協会会長)は、当局政府関係者に「このような悪行は文革の再来だ」と抗議の電報を打った。しかし当局は責任を現地州政府に押し付けている。
ラプラン寺の僧侶:ジグメ、クンチョク・ナトゥ、サムドゥプ・ヤロ、トゥンドゥプ、ツァンパラ、ザコル、パルデン、テンジン、ゲドゥン・ナンタ、ジャムヤン・ジンペル等は、“騒乱”扇動を企てたとして逮捕され暴行を受けた。うちジグメ、テンジン、ゲンドゥン・ナンタ、ジャムヤン。ジンペルは重症で生命之危険があり、目下入院治療中。
チベット関連サイトを含む政府側メディアは昨日今日と、青海省果洛チベット族自治州ダルラ(達日)県公安局刑事警察隊のラモ・ツェテン隊長が銃撃により死亡したニュースを特報で伝えている。彼は「3月21日に同県で起こったチベット独立“扇動”事件の主犯チュダク追捕中に銃撃を受け殉職し、政府による厳かな追悼式典が行われた」というもの。しかし実際には、ラモ・ツェテンは、3月21日中国国旗を焼いた僧侶チュダクを逮捕に刑事警察隊を率いてダルラ県紅科郷へ行ったところ、現地の僧侶や民衆に阻止され、21歳の僧侶チュダクを射殺、その父親を逮捕し遺体を運び去ろうとした。これに反発した民衆との間で衝突が発生、その中で銃弾があたって落命したのだという。現在のところ情報不足で衝突の詳細については不明だが、その後、当局がいかなる対処に出たのか懸念される。
4月29日、ラサ近郊チュシュル(曲水)の名刹シュプセ・アニ・ゴンパで19名の尼僧が同寺山上で修行していた僧侶4名とともに逮捕された。目下詳細不明。
“五・一”メーデーを迎え紅一色のラサでは午前、ユト路の歩道上に“人民サービス”で床屋、医者、自転車修理に扮した武装警官と住民委員会に派遣された“人民”に扮したチベット人代表が、報道用の場面を提供。ユト路に通じる各道路の入口は一般人が入れないよう封鎖された。
政府系メディアは、「国内観光ツアー32人が列車でラサ入り」し、ラサ市政府の大歓迎を受けたと報じた。現地政府は、団体ツアーを熱烈歓迎することで観光を政治に利用している。
5月 2日ダライ・ラマ特使、会談のため中国へ:
チベット関連の政府系メディアによる“3・14”事件裁判の説明、とくに“31名の弁護士が30名の被告を弁護した”という特報について西側首脳や人権団体の質疑と批判を呼んでいる。弁護士はチベット現地のほか北京から2名(チベット人のために法的支援を申し出た弁護士ではない)で、いずれも法廷指定弁護士。彼らは被告人との面会から、「拷問による自白強要はなく、食事条件もよく、適切な医療も受けられた」と言っているが、釈放された人々を調査したところ、逮捕者はみな酷い暴力や虐待を受け、拷問による自白強要について口外しないよう脅されるなど相違している。
政府系メディアは、青海チベット警官の殉職を報道後、“チベット独立分子”1名が警官に射殺されたことを伝えたが、それ以上のことはどこにも報じられていない。
チュシュル(曲水)県のシュプセ・アニ・ゴンパで逮捕された尼僧19名と修行僧4名は、現在同県の監獄に拘禁されており、寺院には警官が駐在監視している。
アムド(青海省黄南チベット族自治州)レコン(同仁)県では先日、千人規模の武装警官が突如撤退し、私服警官が増員された。リンウォ・ゴンパでは、今なお拘禁されている僧侶17名を除いて、拘束されていた僧侶たちが釈放され、暴行を受けて重症を負った僧侶は病院で手当てを受けている。
ダライ・ラマ特使ギャリ・ロディ・ギャルツェンとケルサン・ギャルツェンの2名は5月3日に中国到着予定、中国側とチベット情勢と将来について会談を行う。特使側にすれば、中国側が国際社会の提案を受け入れダライ・ラマ特使と協議する意向を公に表明したこの機会に、チベット問題円満解決への突破口を探りたいところ。
一方、チベット内地の人々は今回の会談について、国内に抱える多くの社会問題を鎮静化しオリンピックに脅威を与える西側社会の圧力をかわすための安定剤に過ぎないと見ている。ダライ・ラマは3月以来の抗議事件について討議と説明を望んでいるが、中国側はとっくに世界に向けて明らかにしているとしており、この会談でなんらかの結果が得られるとは限らない。また、チベット内地の事情については、当事者である内地のチベット住民が参加していないことがまずもって問題であり、体制外のチベット内地住民の参加なくして実質的な解決は望めないだろう。
亡命チベット人による中国語によるBBS《西藏論壇》(http://tibetalk.com/bbs)が攻撃を受け、全資料喪失。
5月 3日:
ダライ・ラマ特使訪中報道について、大陸の政府系メディアは触れなかったが、香港の文匯報、フェニックスTV等が伝えた。但し、ケルサン・ギャルツェン特使の写真が同名の亡命政府国会議員であり緊急調整グループメンバーのものと間違って紹介された。
一方、中国政府系メディアは七度目のチベット中国会談が開かれるに臨んでも、相変わらずダライ・ラマを“文革用語”で妖怪の如くに扱い、誹謗中傷を続けている。
ラサでは、警戒にあたる兵士を観光客の服装に替え、大部分の軍人は警官の格好をさせるなど、当局による和やかムードを演出が行われている。また“宗教の自由”を宣伝するため、一部機関や住民委員会などが職員にコルラ(巡礼)や開放されたセラ寺の参拝を薦めている。近々、旅行の自由化を宣伝するために外国メディアを含む国内の記者団がラサ入りし、そのとき一部の機関の社内旅行が計画されるという。また各機関では、記者団がラサ入りするときは会議を開き、一切が自治区党委員会の宣伝に合致するよう職員に統一規格が通知されるという。
ラサの各機関では“反分裂、安定維持、発展促進”をテーマに教育活動動員大会を開くほか、毎週少なくとも一回“政治学習”が行われる。学生、民族を問わず全員が“ダライ分離グループ批判”の文章を書かされ、大会で朗読させられる。“ラマ”をつけず“ダライ”と名指しすることにチベット人の多くは複雑な心境。
先頃、“3・14”事件で理由なく逮捕された人々が釈放された。その多くはラサ駅の倉庫に拘禁され、自ら刑具を選択させられ残酷な虐待を受けた。水も与えられず尿で渇きを癒し、数個のマントウを皆で争って食べた。四〜五日毎、深夜に他の場所に移されたという。
他のチベット地域では、4月30日朝、カム(四川省甘孜チベット族自治州)デルゲ(徳格)県のゲルク派寺院(康地祖寺、更薩寺)では、工作グループが僧侶たちに“ダライ分離グループ批判”の文章に署名と各自2枚の写真を貼るよう強要、従わなければ寺院を封鎖すると威嚇したところ、彼等は自発的に護法殿に集まり、死んでもサインしないことを誓った。その後の情勢は定かでない。
4月28日、同じくカム(甘孜チベット族自治州)セルシュ(石梁)県ウェンポ(温波)・ゴンパ付近の村で軍と警官による捜索が行われダライ・ラマの写真が処分、これに悲憤した女性が自殺、70歳を超える老僧が精神に異常をきたした。ウェンポ・ゴンパでは国旗掲揚が行われ、僧侶一名を除き誰もその式に参加しなかった。村人に逮捕者あり。
3月下旬、同地のセルシュ・ゴンパで工作グループによる“愛国主義教育”展開中に、人々から尊敬される同寺のトゥプテン・ニェンタ・リンポチェが、「今回の事件がダライ・ラマによるものという言い方には全く根拠がない。その原因は漢人の大量移入による土地の略奪、チベット人から教育と仕事の権利を奪ったことにある。我々チベット人の聖なる師であるダライ・ラマを信じようとしないチベット人はいない。中国政府はできるだけ早くダライ・ラマと話し合いをするべきである」と語り、軟禁状態に置かれた。
アムド(青海省黄南チベット族自治州)レゴン(同仁)県で、現地多哇(ドゥワ)寺の僧侶3名がそれぞれ二〜三年の刑期で密かに判決を受けた。
カム(四川省甘孜チベット族自治州)ダンゴ(炉霍)県でも同様、尼僧6名にそれぞれ七年と三年、一般人1名に三年の判決が下った。
5月 4日(中国との協議一日で終わる):
ダライ・ラマ特使と中国統一戦線部の次官2名による会談が終了。予想された結果とはいえ何の結果も得られなかったことに、内外のチベット人は落胆。
北京民族文化宮にて、中央統一戦線部、国務院新聞弁公室、国家民族事務委員会による“西藏今昔”特別展(http://finance.cctv.com/special/xzjx/01)が、4月30日から7月15日まで入場無料で開催。“チベットの歴史と封建農奴制”、“日進月歩の新チベット”をテーマに、“チベットが古来より中国の不可分の一部”であったことを強調、1959年以前のチベットを歪曲化した内容は、多くの中国人を洗脳し、今回の騒乱にいっそう悪いイメージを植え付けている。
オリンピックを前に、北京ではチベット人とウィグル人に対して住民委員会が様々に理由をつけて家庭調査を行っており、チベット人やウィグル人が間借りしていると警官が彼等を連行している。
山西省では4月30日、各県の責任者が電話会議を行い、オリンピック期間中、“チベット独立”派と法輪功メンバーに対する緊急措置が講じられた。
広州駅付近では、列車テロを計画していたチベット独立派が捉えられ、駅ではセーフティーチェックが厳しくなっているという。
5月1日、ラサのラモチェ(小昭寺)とチャンパ・ラカンが開放された模様。ラモチェ入口の監視所は取り払われたが、私服警官、中庭には工作グループがいる、仏殿には30名の僧侶が抑圧された雰囲気の中読経している。チャンパ・ラカンには28名の僧侶がいたが、8名が捕らえられ、その後5名が釈放された。残る3名は指名手配を受けており有罪の可能性あり。
ルンドゥプ(林周)県では一部のチベット人の釈放が始まったが、保釈金3,000元を納めなければならない。同県ギャンカル郷デヂォン村では。3月27日、虐待を受けて瀕死の状態で釈放された男性が4月1日に亡くなっている。
同県ガンデン・チュコル・ゴンパで捉えられたチベット人20名は、4月25日にラサの刑務所に移された。
ラサ、ナクチュ(那曲)、チャムド(昌都)、ニンティ(林芝)、シガツェ(日喀則)、ロカ(山南)などの各機関は、職員に“3・14”事件で打ち壊しにあった人々への寄付金を募るよう指示。ナクチュでは一人少なくとも100元とされている。
5月4日午前、現地時間の9時頃、公安7名がチャムド県ラトゥナクチュ郷にあるンガル・タシの家に逮捕のため踏み込んだが、揉み合いになりンガル・タシが射殺される。容疑は政治問題とラサ抗議事件への関与。
5月 7日:
数日前、カム甘孜州ダンゴ(炉霍)県スモ郷のサムテリン尼僧庵付近2キロにわたってチベット語と中国語で“チベット独立”をうたったスローガンが掲げられていた。当局は尼僧庵の責任者を県に呼んで調査し、工作グループを派遣し“教育”を行おうとしたが、尼僧たちは次々にその場を離れ公然と抗議した。同尼僧庵には通常300余名の尼僧がいる。
アムド(甘粛省甘南州)サンチュ(夏河)県のラプラン寺で、再び武装警察による大捜査が行われ僧侶140名が連行される。
5月 8日(ラプラン寺僧侶7名残して釈放される):
8日朝、ラプラン寺では昨日連行された僧侶たちの釈放を求めて大勢の僧侶が抗議した。これに対し政府は18名以外の全僧侶を釈放。9日朝までに、そのうちの11名が釈放されたが、7名は拘留されたまま。
5月12日(アバ州で大地震):
アバ州政府共産党委員会は緊急に公文書を発表し“反分離と地震被災者救済”を強調。
カム甘孜(カンゼ)県の政府所在地で尼僧10名が平和的デモ行進を行い、当局に逮捕される。うち殴打に遭った尼僧が重症。
5月13日:
カム甘孜(カンゼ)県にあるカンゼ・ゴンパの僧侶ロプサン・チュダク、パルデン・ツェチェン、ロプサン・テンパルらが甘孜県の政府所在地で抗議デモを行うが、詳細は不明。
ダライ・ラマ、胡錦涛国家主席に四川大地震を見舞う書簡を送り、ダラムサラにて、犠牲者を哀悼する声明を発表。
インド亡命中の宗教指導者や非政府系チベット人グループが相次いで、犠牲者のために祈願法会を営み回向を行う。
5月14日:
カム地区カンゼ(甘孜)のセルタ(色達)の僧(22歳)が、平和的な抗議デモを行い、公安に逮捕される。
5月16日四川大地震チベット地域への影響:
四川省 川県で発生した大地震は、16日現在で死者5万人を超え、廃墟と化した町や村では一家離散、家族と死に別れた人々で溢れている。
川(チベット語で“ルング”)とその付近の激震の影響を受けた理県、小金(ツェンラ)県は、チベットのギャロン地区に属する。 川にはボン教の臥龍寺、理県にはニンマ派のサムドン・ゴンパがあり、報道によれば、 川の郷鎮、カンゼ(甘孜)州丹巴県、甘南州舟曲県ではチベット人が犠牲になっているという。
3月以来のチベット事件で、アバ・チベット族チャン族自治州のアバ県、メワ(紅岩)県、ゾルゲ(若爾蓋)県、ランタン県などアムド地区では規模の大きい抗議事件が発生したため、当局に武力鎮圧されている。アバ州各地で抗議に参加して逮捕されたチベット人の多くは、 川、茂県、都江堰の刑務所に拘禁され、中国の《法制日報》(http://news.sina.com.cn/o/2008-05-14/081113872857s.shtml)は、アバ刑務所の通信や交通が遮断されていることから建物の被害も深刻と予想され、その他の刑務所でも受刑者や職員に死者が出ていることを伝えた。
当局の弾圧に遭ったラサのデプン寺、アムドのロンウォ・ゴンパ、キルティ・ゴンパや、アムドのタール寺、カムのリタン・ゴンパ、その他多数の寺院で僧侶たちが自発的に犠牲者を回向し、献金や供物を献げている。自由アジア放送によると、キルティ・ゴンパでは寺に駐留している工作グループに法会を行うことを願い出て、一日だけ許可されたという。
大地震発生当日、アバ州政府、甘孜州政府では、“(チベット人の抗議に対する)反分離と安定維持に加えて(地震の)救済活動”という二方向からの緊急措置が通達された。
政府系メディアでは、チベット自治区の大地震に対する寄付金活動が感動的に報じられたが、実際には各職場単位で地位に応じて給与から差し引かれたもので、自治区新劇団ではそれぞれ職位に応じて300元、500元が天引きされた。
4月9日に外国人記者団に訴え出たラプラン寺の僧侶10数名がその後逮捕され、うち2名がその後一ヶ月何の消息もなく、安全が懸念されている。同寺では5月7日に千人規模の警官が寺に押し入り、100余名の僧侶を連行する事件が発生したが、8日、9日両日に多数の僧侶が抗議のデモを行ったため、ついに7名をのぞく他の僧侶たちが釈放された。拷問による強制自白は当たり前のように行われ、重症を負って治療を受けている僧侶の家族は、当局から真実を外部に漏らすことを禁じられているという。
アムドでは逮捕された僧侶が殴られて死亡。甘粛省甘南チベット族自治州ルチュ(碌曲)県のシーツァン・ゴンパでは、3月中旬に幾度かデモ行進が行われ300人以上が逮捕されたが、その後ほとんどが釈放され、現在まだ20~30人拘禁されているが、そのうちの一人が殴られて死亡した。ラサの刑務所でも物乞いをしていたカム出身のチベット人が刑務官に殴られて死亡したほか、精神異常をきたしたチベット人もいる。
5月11日から14日まで四日間連続で、カム(四川省甘孜県チベット族自治州)カンゼ(甘孜)県でチベット人僧侶。尼僧による抗議デモが幾度も発生した。11日、若い尼僧2人が県中心部でスローガンを叫びながらビラ播きして逮捕される。12日、10数名の尼僧が前日逮捕された尼僧の釈放を求めて抗議、全員が逮捕時に殴打され、うち重症の2名は釈放された。13日、カンゼ・ゴンパの僧侶2名がデモを行って逮捕。14日の朝9時頃、抗議のスローガンを叫んだガンデンチュリン・ゴンパの尼僧3名が殴打され逮捕され、これを嘆いた一般チベット人1名も連行された。午後4時、抗議した同寺の尼僧4名も殴られて逮捕された。午後5時頃には、スゴ郷にあるプランナ・アニ・ゴンパの尼僧60名がカンゼ(甘孜)県中心部で平和的なデモ行進を行うが、その場で殴打され、52名が逮捕された。これら抗議の原因は、当局が各寺院で展開している“愛国主義教育キャンペーン”で、ダライ・ラマを批判し文書にサインを強要されたことによる。15日には軍や警官によるパトロールが増強され、商店は全てへ閉店し緊迫した事態となった。
当局がチベット各地の寺院で展開している“愛国主義教育キャンペーン”は僧侶たちの激しい反感を招き、カム(チャムド地区)のマルカム(芒康)県では12、13日両日、同地のオセル・ゴンパとロンパ・ゴンパの僧侶10余名が逮捕され、頭を黒布で覆われて見せしめに車で街中を引き回された。
3月10日から閉鎖されていたジョカン(大昭寺)の拝観が5月16日から再開された。ラサではいまだ閉鎖されたままのデプン寺とガンデン寺を除いて、セラ寺、ラモチェ(小昭寺)、ジョカン(大昭寺)の拝観がすでに再開されている。
5月17日(甘孜県で抗議デモ者逮捕):
カム甘孜(カンゼ)県のチベット人が抗議デモで、「ダライ・ラマ万歳!いますぐダライ・ラマがチベットに戻られるようお迎えしよう!チベットに自由を!中共に捕らえられたチベット人を釈放しよう!」と叫び、6名が逮捕された。
5月18日(名僧プルプ・ツェリン・リンポチェ逮捕):
カム甘孜県のパンリ・ゴンパ住職トゥング・プルプ・ツェリンと同寺の副主管である尼僧タントゥプ、及びチャンペル・タルギェ他チベット人1名が逮捕される。
18日午前10時頃、大勢の僧侶と民衆がカンゼ県中心部で、“チベット独立”、“ダライ・ラマ万歳”とスローガンを叫びながら抗議デモを行い、僧侶数名が逮捕される。
新華社18日付によると、四川省アバ・チベット族チャン族自治州のアバ県、ゾルゲ(若爾蓋)県、メワ(紅原)県、ランタン県の4県ではまだ大地震の影響を受けていない。アバ州責任者の話では、この4県は州の西北部にあたり、震源地とも比較的離れており、龍門断層帯上ではなく周囲6万余キロの震災地区内にも入っていない。一方、 川、理県、平武(ピンウ)県などではチベット人の被害が深刻で、300人以上のチベット人がいる平武県スアル郷では全家屋が倒壊し、16人が重症を負い五日後に救出されている。
午前10時、カンゼ・ゴンパの僧侶チャンパ・タルギェ、パルテン・チェレク、クンガ・チェレク、ツェワン、ジャムヤン・ツェリン等がカンゼ県で抗議デモを行ったため逮捕される。
5月19日(一ヶ月ぶりの指名手配公告):
19日夜、チベット自治区電視台芸能チャンネルとラサTVでは繰り返し地震報道を流す中、突然4月19日以来途絶えていた指名手配公告を放送した。新しいものではなく未だ検挙されていない犯人(一般チベット人7名)についてのもので、賞金額が増額されている。
カンゼ県タンメ村のタルギェ・ギャルツェン、タシ・ワンギャルがカンゼ県で抗議デモを行い逮捕される。
5月20日(中国側のダライ・ラマに対する見解相変わらず):
新華ネットは統一戦線部中国チベット学研究センターの朱暁明(ヂユー・シアオミン)党組書記による論文《中央政府のダライ・ラマ十四世に対する政策:“二項に賛成”から“三つの堅持”まで》を発表。対ダライ・ラマの結論として、「3・14事件前後のダライ・ラマ十四世の言行は、チベット人を含む全中国人と敵対する政治的立場をかたくなに堅持し、西側反中国勢力の忠実な道具となることに甘んじていることをさらに証明しており、チベット分離を強調する側とこれに対抗する側の闘争はひき続き存在している。我々は強い警戒心をもって活動にあたり、分離主義者の策謀を徹底的に粉砕し、断固として祖国統一を守らなければならない」としている。こうした状況から、6月に行われるチベット・中国会談に新たな展望は望めそうにない。
カンゼ県ゼツァン・ゴンパの僧侶2名が、「チベットに自由を!ダライ・ラマ万歳!ダライ・ラマをチベットに!」と叫んで抗議デモを行い逮捕される。
5月21日(続く抗議行動と震災被害者への支援):
ラサで抗議騒乱が発生して以来、カム(雲南省迪慶チベット族自治州)でもチベット人逮捕者が出ているが、現在一部が続々と釈放されている。彼等逮捕理由は、禁止サイトを閲覧した、外国人の知り会いがわりと多い、友人の密告によるものなどと言われている。雲南のチベット地区では一部のチベット人看守による同情的な心遣いが見られるなど、チベット人逮捕者に寛大。しかしラサの公安・検察・司法に関わるチベット人によると、ラサ警察はチベット人逮捕者に対して“自白するまで殴れ”という指令を受けているという。
カム(四川省甘孜チベット族自治州)のタウ(道孚)県ではこの半月、貨物輸送トラック所有者の多くが次々に運転を取り止め、当局のチベット人鎮圧に対する不満を表明している。タウ県には2千台以上の自家用貨物トラックがあり、現在数百台がすでに輸送業務を停止している。
同地の寺院では僧侶の献金で、先頃の平和的抗議で鎮圧に遭い負傷した人々にカタが送られた。一方、寺院を管轄する僧侶により、寺院内で“愛国主義教育”キャンペーンを行ったチベット人幹部2名に対し、その親族も含めて“破門”処分というチベット仏教信徒にとっては最も恐るべき厳罰が下された。
自治区当局によると、聖火リレーがラサを通過した後の6月中・下旬に海外旅行者の受け入れが再開される。ただし国籍やスケジュールなど規制が多く、受け入れは主に東南アジアの旅行者に偏っている。
チベット人逮捕者の法的支援を申し出た弁護士だけでなく、その所属する事務所までもが年次定期検査を延期されたため、他の所属弁護士たちも巻き添えとなり、その恨みの矛先が当局ではなく支援を申し出た弁護士に向けられている。
国内外のNGOグループによるチベット内地のプロジェクトがほぼ停滞状態に陥っている。未完了のプロジェクトを抱えるNGOグループでは、機関満了後は継続不可となる。アメリカの利衆基金会(Trace Foundation)は15日に声明を発表し、中国メディアによる同基金会のチベット“袈裟革命”に対する絶え間ない告発に反駁した。
参観再開されたばかりのジョカン(大昭寺)はじめチベット各地の寺院では、大地震による犠牲者と被災者のために法会が営まれ、献金が捧げられている。先頃、当局からひどい損害を受けたアムド(青海省黄南チベット族自治州)レコン(同仁)県にあるロンウォ・ゴンパのカソ・リンポチェも1万元を、僧侶たちも被災者のために5万元近く寄付し、毎日被災者のために祈っている。
現在訪欧中のダライ・ラマは先日、イギリス『Times』誌の独占取材で、初めて“チベット帰還の四つの前提条件”を示した。
その一:中国政府は外国メディアのチベット立ち入りを許可し、自由な取材報道を認めること。
その二:チベットに外部の医療援助を受けさせること。
その三:全ての平和的デモに参加した政治囚を釈放し、同時に暴力行為に及んだ犯罪者については公平公開の審判を受けさせるよう中国政府に呼びかける。
その四:(チベット・中国)双方は実質的対話を行い、チベット人の基本的人権に対する要求を満足させること。
5月25日(ディンリで僧侶12名逮捕):
シガツェ(日喀則)地区ディンリ(定比)県内のシャガ(夏 )・ゴンパで僧侶12名が当局に逮捕され、4名がディンリの刑務所に拘禁され、8名がシガツェの刑務所に送られたという。
5月28日(カンゼの尼僧、女学生が抗議デモ):
カム甘孜(カンゼ)県タガ(扎 )・アニ・ゴンパの尼僧サムギャル・ラモ(26歳)、ツェワン・カンドル(38歳)、イェシェ・ラプドゥン(24歳)が28日午前9時、県中心部でデモ行進を行ってチベット問題に関する大量のビラを撒き、当局に逮捕された。
その後二時間しないうちに、21歳のチベット人女学生ロプテン・ラモが同じく県中心でチベット国旗を手に、「ダライ・ラマのチベット帰還を許可せよ」、「漢人はチベットを去れ」等のスローガンを叫んでデモ行進を行ったが、すぐに警官にひどく殴られ逮捕された。
6月 6日(キルティ・ゴンパで“再教育”ボイコット):
アムドのアバ・チベット族チャン族自治州にあるキルティ・ゴンパでは“愛国主義教育”キャンペーンが3月以来72日間続いている。僧侶たちは8組に分けられ、ダライ・ラマと亡命政府を批判した文書にサインするよう強要されているが、僧侶たちの多くは6月1日から、この活動への参加をボイコットしている。6月3日朝には、同寺の70歳以上250名の老僧を残して全僧侶が寺を後にした。
キルティ・ゴンパはかつて千五百人以上の僧侶が常駐、同寺の僧侶の話では最も多いときで三千から四千人いたというが、今回の愛国主義教育キャンペーンが始まってから多くの僧侶が出て行ったという。
カンゼ(甘孜)ダンゴ(炉霍)県出身の僧侶ツェワン・タクパ(22歳)、同じくタウ(道孚)県出身の僧侶トゥプテン・ギャツォ、青海省ジェクンド(玉樹)雑多(ザド)県出身のチャンサン・ニマ(22歳)が5月30日、ダンゴ(炉霍)県中心部で“フリー・チベット!”などと叫んで民衆に大量のビラ播きをしたため、公安に拘束された。ツェワン・タクパはこの時ひどく殴られたことが原因で死亡、他の二人も病院で救命治療を受けており、きわめて危険な状態にある。
6月 8日(炉霍県の尼僧、公安に刺される):
カム甘孜(カンゼ)州ダンゴ(炉霍)県にあるサムテリン尼僧庵の尼僧ツェリンツォ(27歳)が6月8日午前9時頃、ダンゴ県政府庁舎前で、“フリー・チベット!”、“ダライ・ラマのチベット帰還を認めよ!”など叫び、中国語とチベット語で記したチベット独立に関するビラを撒いて、公安の酷い殴打に遭い、さらにナイフで刺された。
この事件を聞いた同尼僧庵の300名の尼僧たちは直ちに平和的なデモ行進を行ったが、警官に軍刀や電気棒で殴られデモ参加者全員が拘束された。ツェリンツォの姉ウゲン・ラモをはじめ一部の尼僧が重症を負い、ダンゴ県と成都市の病院で治療を受けている。
6月11日(甘孜県で再び抗議):
カム甘孜(カンゼ)県タポ郷のナムシャ・ラモ(女性)、ツェテン・タルギェ(男性)と僧侶1名が県中心部でビラを撒いて抗議の声を挙げ、武装警察に拘束された。現地住民の話では、抗議したチベット人は4〜5名で、県中心部の交差点でスローガンを叫び抗議デモを行った結果、逮捕されたという。
6月12日:
12日、カム甘孜(カンゼ)県タポ郷では大勢の幹部をナムシャ・ラモ宅に派遣、家宅捜索を行った結果ダライ・ラマの写真が発見されたため、彼女の兄デマ・ギャルツェンが工作隊に対しナイフを抜いた。その後200名余りの武装警察が彼を取り押さえに来たが、すでに山に逃れた後だった。
6月17日(ラサのジョカン前で女性射殺):
5月20日午前11時頃、被り物をしたチベット服姿の地方出身と思しき女性がラサ大昭寺(ジョカン)に僧侶の親戚を訪ねてきたが、警官から取調べを受けたので説明していたところ、いきなり背後から無音拳銃で撃たれ地面に倒れた。
目撃者によると、女性が倒れた後、胸からおびただしい血が流れ出た。事態に気づいた付近のチベット人たちが覗き込もうとしたところ、兵士たちに銃で阻まれ、その後遺体は兵士たちによって運び出されたという。
この女性についてはロカ(山南)地区出身であること以外、目下のところ情報はない。
6月19日(セルタ県で抗議デモ):
19日午後2時、カンゼ(甘孜)州セルタ(色達)県グチャ村の僧侶ガユルが県中心部でチベット国旗を手に“チベット独立”、“ダライ・ラマ万歳”、“ダライ・ラマをチベットに”と叫んでデモ行進を行い、これに周囲の多くの民衆も参加、まもなく警官が駆けつけ民衆を散し、ガユルを逮捕した。
6月20日(ロンウォ・ゴンパ住職逮捕):
オリンピック聖火がアムド(青海省)に到着する二日前、レコン(同仁)県のロンウォ・ゴンパで住職ダワ(40数歳)が密かに逮捕連行されていくところを僧侶が目撃されている。今年に入って同寺では二人目の逮捕者を出した。
今回逮捕されたダワ住職はインドで七年間学び、2001年に寺に戻り2008年に住職に就任した。僧侶たちは、チベット亡命政府との関係を疑われて逮捕されたものと推測している。
ダワ住職の逮捕後、同寺管理委員会の幹部僧侶5名が県の公安局に彼の釈放を求めたところ、二日後に説明すると言われた。情報提供者の話では、住職逮捕後、宗教活動は一時停止し、現在なお10数名の公安による見張りが続けられ、寺の外は常に警察の車がパトロールしているという。
6月21日(ラサの聖火リレーにカンゼで抗議):
聖火がラサに到着すると、カムではチベット人たちが抗議デモを行った。ダグという名の青年はカンゼ(甘孜)県の中心部で、顔にチベット国旗を描き、「チベット独立」と書いた鉢巻をして、そのスローガンを叫び、大量のビラを撒いた。そのビラの中で中国当局に9条からなる要求―最も主要なものはダライ・ラマのチベット帰還、チベットに人権を求める、政治囚の釈放を求めるといったもの―を突きつけている。彼はまもなく警官に逮捕された。
当日、さらに4名のチベット人がカンゼ(甘孜)県で抗議デモを行ったが、その後の詳しい状況は分かっていない。当局がカンゼ地区の軍隊を増強していることが情報から見て取れる。
6月22日(カンゼで一日に連続三回の抗議):
22日午前11時頃、カンゼ県内で連続して三回の抗議運動が起こる。カンゼ県カンメ・ゴンパの僧侶ツェリン・プンツォクとシリタ村の村民タシ・シラが11時頃、県中心部で抗議行動を行い、午後1時頃、カンメ・ゴンパ僧侶セルギャといぇし・タルギェによる抗議、その後2時から3時の間にシリタ村の一チベット人が率いられたチベット人10名が“チベット独立”、“ダライ・ラマ万歳”、“ダライ・ラマをチベットに”と叫んで、民衆にビラを撒きをしながら、再びデモ行進を行った。これに対して当局は群衆に催涙弾を打ち込み、デモ参加者10名をひどく殴って逮捕した。
アムドのレコン(同仁)県出身のデプン寺僧侶ジグメ・プンツォク(22歳)が獄中で亡くなった。は、3月の平和的抗議事件で逮捕され、ゴルムド刑務所に拘禁されていたが、6月22日に刑務所内で酷い暴行に遭い、そのまま亡くなった。遺体は家族のもとに返されることなく当局によって火葬された。
6月23日(甘孜州セルタ県での抗議):
明報(香港)によると、当局はチベット独立派の妨害から聖火リレーを守るため、前もって約200名を大量検挙したという。
カンゼ(甘孜)州セルタ(色達)県上喬倉村で愛国主義教育キャンペーンの現場を同村の僧侶ワンロプが撮影、彼は酷く殴られた挙句逮捕された。家族が釈放を求めたところ、2万元という高額な罰金を要求されて支払えず、ワンロプは拘禁されたままになっている。
セルタ県ニド郷では僧侶民衆が政府に対して抗議デモを行ったため、大量の軍と警官によって監視されているが、先頃山肌に大きな白石を溝に埋め込んで “西藏独立”の四文字が描かれ、遠くからでもはっきり見える。これに先立って当局に抗議して逮捕された当地のチベット人3名はいまなおセルタ県の刑務所で拷問に遭っており、家族の面会も許可されていない。
23日、ベェリ・ゴンパ(甘孜の西、共産党に協力的だった故ケルタ・リンポチェが座主)付近のベェリ橋で失火、僧侶クンドゥプ・ドルジ(41歳)とワンシュク・ドルジ(39歳)2名が放火の疑いで逮捕される。現在、ベェリ・ゴンパは軍警の厳しい監視下におかれている。
6月27日(チベット観光対外開放):
チベット旅行が外国人観光客に解禁された、第一期観光ツアーがラサに到着すると宿泊先ホテルや観光スポットではカタで出迎えた。
一方、ロイター社によると、多くの地域で厳しい保安体制が敷かれ、香格里拉のように抗議や騒乱がなかったところでも観光客は神経質になっている。AP通信によると、いまだに緊張要因は多く、いまなお多くの寺院は閉ざされ兵士が監視している。騒乱発生後、数百名が逮捕され判決が下っている。
27日、四川省甘孜州ダンゴ(炉霍)県のサムテリン・アニ・ゴンパから尼僧300余名が寺を追われた。原因は、同寺の尼僧ツェリン・ツォによる6月8日の抗議運動で、全員が捕らえられた後、ツェリン・ツォ、ウチェン・ラモ、グロの3名を除いて他の尼僧たちは寺に戻され、“愛国主義教育”を受けさせられた。しかし彼女たちはこれを拒絶したため、留守居役一人を残し、他はすべて家人のもとに連れ戻された。
6月28日(セルタ県で抗議デモ):
午後2時半、カンゼ(甘孜)セルタ県ヌプズル・ゴンパの僧侶3名が平和的抗議デモを行い、当局に逮捕される。
7月 2日(ラサの僧侶、獄中で死去):
ラサ市タクツェ(達孜)県のタクツェ・ゴンパ僧侶ンガワン・パサンは、3月に逮捕された後酷い虐待を受け、5月に獄中で死亡した。かつて政治問題で1993年からダプチ刑務所に六年間拘禁されたこともあった。
7月 3日(アバで僧侶自殺):
アムド・アバ県メリマのキルティ・ドンリ・ゴンパ僧侶ケルサン・ツチェン(16歳)が当局の圧迫(愛国教育)に耐えかねて自殺した。彼の兄によると、工作グループが寺に戻り僧侶たちに集合をかけたことを苦にしていたが、部屋を出て15分後に自宅の薪置場で首を吊って自殺。
7月 8日(五明佛学院の僧侶3名逮捕):
8日夜、ラルン・ガル・ゴンパ(五明佛学院)の僧侶3名が四川省成都市の公安局に逮捕されたが、理由はいまのところ不明。
逮捕されたのはタプン(44歳)、アチョン(37歳)、グタ(年齢不詳)。タプンはラルン・ガル・ゴンパで仏法を学ぶこと20数年、2003年には当局による同学院僧坊取り壊しに抗議して他のチベット人3名とともに逮捕されている。その兄弟で住職ジグメ・プンツォクの甥にあたるアチョンも同学院に20数年間学び事務を任されていた。グタも同様、同寺の事務職にあった。3名とも同学院購買部で扱う品物と車を買いに成都に出かけたところを四川省公安局警官に逮捕された。逮捕理由、拘禁場所、拷問虐待を受けたかどうか、いまのところ情報はない。
7月10日(アバのチベット人3名に重刑):
10日、四川省アバ州の中級裁判所で、3月16日の抗議デモに加わったチベット人ガベ(23歳)、ダツォ(25歳)、ツェコ(27歳)にそれぞれ無期懲役、懲役十五年、同じく十三年の刑が宣告された。
7月12日(デルゲで僧侶の集団抗議):
四川省(カム地区)デルゲ(徳格)県のゴンチェン・ゴンパは当地最大のニンマ派寺院で世界最大のチベット伝統文化を伝える“デルゲ・バルカン”(徳格印経院)を有し、毎年チベット暦の5月12日にはパドマ・サンバヴァ生誕を祝う行事が行われる。7月12日その祝典の当日、当局関係者と武装警官が儀式を阻もうと大挙して押し入り、すべての僧侶を法律違反であると非難し、ダライ・ラマに一斉に反対するよう要求したため、僧侶たちはこれに一丸となって反対した。
この衝突で、僧侶2名が射殺されたことが被害者の親戚によって明らかにされている。
7月14日:
14日、カム地区ダルツェンド(康定)の県裁判所は、リタン出身のチベット人アダ・ケルギャに国家分裂罪で懲役5年を宣告した。今年27歳になる彼は7人兄弟の末っ子で南インドのデプン寺で三年間仏法を学び、2001年にチベットに戻り、昨年10月3日に逮捕された。
7月18日(武装警官が聖山で狩猟):
カンゼ(甘孜)州デルゲ(徳格)県ゾクチェン・ゴンパ付近にある聖山“青山”で、修行中の僧侶が武装警官の狩猟を阻止しようとして打たれ重傷を負った。
11日に同寺佛学院の学生がこの件を郷政府に訴えたが、当局側の態度の悪さが僧侶側との衝突を招き、武装警官が僧侶に発砲したため、住職ツェリン・サンポ他僧侶多数が負傷し、多くが手足を折られ、少なくとも9名が銃弾で負傷した。
7月26日(ジェクンドで4人逮捕):
26日、アムド(青海省)ジェクンド(玉樹)ナンチェン県で政府の役人と民衆が集まってイベントのリハーサルを行っている最中、その場で4人が“ダライ・ラマをチベットへ”、“いまチベット人はお祭り気分ではない”などスローガンを叫び、オリンピック祝賀行事に参加するな、と呼びかけるビラを人々に撒いた。4人はその晩逮捕された。
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